
栃木県立真岡北稜高等学校のトイレ内いじめ動画が拡散され、暴露系アカウントDEATHDOL NOTEが「いじめ撲滅委員会」設立を宣言した。
加害者の実名や写真を募り公開するという過激な方針は、抑止力として支持を集める一方、ネットリンチや冤罪を懸念する批判も噴出している。SNS時代の正義と危うさを検証する。
真岡北稜高校トイレ動画が拡散 ネットが一気に炎上
問題の発端は、2026年1月4日にX上へ投稿された一本の動画だった。栃木県立真岡北稜高等学校の制服とみられる生徒が、トイレ内で一人の生徒に暴行を加えているように映る内容で、瞬く間に拡散された。暴行の詳細や撮影時期、実際の関係者については公式な発表がないものの、映像の衝撃性からネット上では「いじめではなく犯罪行為だ」とする声が相次いだ。
学校側の対応が見えない状況も相まって、SNS上では憤りが増幅された。過去のいじめ問題で指摘されてきた「学校の隠蔽体質」への不信感が、今回のケースでも再燃した形だ。
DEATHDOL NOTEとは何者か 暴露系アカウントの実像
動画を拡散したのが、Xアカウント「DEATHDOL NOTE(デスドルノート)」だった。
芸能人やインフルエンサーのスキャンダル、炎上案件、内部告発を扱ういわゆる暴露系アカウントで、過激な言い回しと即応性の高い投稿スタイルを特徴とする。運営者の素性は明らかにされておらず、匿名性を維持したまま活動を続けている。
注目すべきは、その影響力の大きさだ。Xのフォロワー数は93万人を超え、投稿一つで数百万規模のインプレッションを記録することも珍しくない。真岡北稜高校のトイレいじめ動画についても、デスドルの投稿を起点に一気に拡散が進んだとみられている。
アルゴリズム上、反応の大きい投稿がさらに可視化されるXの特性もあり、同アカウントの発信は事実上、メディア並みの到達力を持つ。
一方で、その影響力の裏側には危うさも指摘されてきた。これまでの投稿でも、真偽が確定しない情報が先行して拡散された例があり、「告発」と「扇動」の境界が曖昧だとの批判は根強い。今回の件でも、学校名や関係者が特定されかねない形で動画を投稿したことが、炎上を加速させたとの見方がある。
それでもデスドルは、自身の役割を「沈黙してきた被害者の代弁者」と位置付ける姿勢を崩していない。93万人超という巨大なフォロワー基盤を背景に、個人アカウントでありながら社会問題に直接介入する存在となっている。
「いじめ撲滅委員会」設立宣言 私刑か抑止力か
議論をさらに過熱させたのが、DEATHDOL NOTEがXに投稿した【ご報告】と題する一文だった。
そこには、奈良市議会議員のへずまりゅうと「いじめ撲滅同盟を組んだ」と明記されていた。
へずま氏は、かつて迷惑行為動画の投稿などで社会的批判を浴びた人物として知られる。その後、地方政治の道に転じ、現在は奈良市議として活動している。議会内外では、動物保護や青少年問題への関心を示す一方、SNSでの発信は依然として強い言葉遣いが目立ち、賛否を呼ぶ存在だ。
デスドルが同盟相手として名前を挙げたことで、「なぜこの人物なのか」という疑問が噴出した。
「過去に炎上を繰り返してきた人物と組むことで、いじめ撲滅の純粋性が損なわれる」「注目を集めるための話題作りではないか」といった批判が相次いでいる。特に、未成年が関わるいじめ問題に、過激な言動で知られる人物が関与することへの警戒感は強い。
一方で、肯定的な見方も存在する。「過去に問題行動があったからこそ、加害と被害の構造に向き合える」「政治の立場にある人物が関与することで、学校や行政が無視できなくなる」といった声だ。ネット上では「好き嫌いは別として、影響力を使う覚悟は評価すべきだ」とする意見も散見される。
ただし、現時点で「いじめ撲滅同盟」の具体的な活動内容や責任の所在は明らかになっていない。どのような基準で情報を扱い、誰が最終判断を下すのか、説明は不足したままだ。影響力の大きいアカウントと、選挙で選ばれた地方議員が連携する以上、その行動は強い社会的責任を伴う。
今回の宣言は、いじめ撲滅という大義のもとであっても、手段や担い手が適切かどうかが厳しく問われる時代に入ったことを象徴している。支持と不信が交錯する中、両者がどのような行動を取り、説明責任を果たすのかが注視されている。
専門家が警鐘 事実確認なき正義の危うさ
法律や教育の専門家からは、冷静な対応を求める声が上がっている。いじめ問題の深刻さは否定しないとした上で、「加害者認定は公的機関の調査を経て行われるべきだ」「ネット上の暴露は被害者の回復につながらない場合も多い」と指摘する。
特に、情報の受け手が“正義”を信じて拡散に加担してしまう構造は、SNS時代特有の危うさを孕む。怒りや共感が連鎖するほど、ブレーキは利きにくくなる。
真岡北稜高校のいじめ動画問題は、単なる学校内トラブルを超え、SNS社会における正義の在り方を突きつけている。DEATHDOL NOTEの「いじめ撲滅委員会」は、声なき被害者を見える化した一方で、新たな分断と危険も生み出した。
本当に必要なのは、怒りの拡散ではなく、事実に基づいた検証と制度的な対応ではないのか。ネットが持つ力をどう使うのか、その責任が今、厳しく問われている。



