
山あいに冷気が満ちる頃、本来であれば松林の土がふわりと盛り上がり、国産マツタケが顔を出す季節だ。しかし今年、長野、岩手、石川など全国の産地から聞こえてくるのは「こんな年は初めてだ」という嘆きだ。
猛暑と少雨、そしてクマの増加。
自然の“わずかなズレ”が、秋の象徴とされてきた高級食材を追い詰めている。ついには、ふるさと納税の返礼品として用意していた自治体が配送不能に陥る異例の事態も生まれた。
松林の静寂が物語る“異変”
長野県の山林では、例年なら9月に入ると山師たちが松林を歩き回り、土中の香りの気配を探る。しかし今年は、秋の気配が訪れても地面は乾いたまま。
山を歩く足音だけが響き、いつもの甘い香りはどこにも漂っていない。
産地の一つである長野県豊丘村では、シーズン終盤を迎えても出荷量は例年の半分ほどに落ち込んだ。昨年の大豊作とは対照的で、村の集荷場には例年のような朝の混雑もなく、静まり返っている。
専門家は、夏の異常な高温と雨不足が地温の調整を狂わせ、菌糸が伸びきれなかったとみる。
「出始めが遅れれば、シーズン全体がそのまま短くなる」。
現場では、そんな自然の時間の遅延が確実に感覚として共有されている。
全国で広がる不作の連鎖 岩手・石川も“歴史的な年”に
不作は長野だけではない。岩手県三陸を主な仕入れ先とする業者は、今年の入荷量が昨年の3分の1に落ち込んだと証言する。
大阪市中央卸売市場でも国産マツタケは争奪戦となり、1キロ17万円という近年見ない水準にまで高騰した。
さらに北陸の金沢・近江町市場でも、例年の数%しか入ってこない日が続いた。
店主たちは口をそろえる。
「雨が降っても増えない。こんな年は記憶にない」
自然環境のわずかな変化が、ここまで収量に影響するのはマツタケ特有の事情も関係する。
マツタケは人工栽培ができず、アカマツと共生する菌根菌。
人間が作り出すことはできず、気温と湿度、松林の環境が整って初めて姿を現す。
その脆さが、今年ほど露わになった年は珍しい。
クマの出没増も追い打ちに 山に入れない採り手たち
今年、多くの産地で採り手を悩ませたのが クマの異常出没 だ。
山中の木の実が不作だった影響でクマが里近くまで降りてきた地域が相次ぎ、採取そのものが危険な状態に。
「長年山に入ってきたが、今年は本能的に『危ない』と感じた」
そう語るベテラン採り手もいたという。
量が少ないうえに、採りに行くことすら難しい。
自然環境と野生動物、双方の変化がマツタケの不作に拍車をかけている。
ふるさと納税に“返礼不能”の余波 自治体が頭を抱える
不作の影響は、自治体のふるさと納税にも波及した。
長野県豊丘村では、マツタケ350グラムを返礼品とする寄付を1件8万8千円で募ったが、調達が追いつかず、申し込んだ約1,000件のうち4割に返礼品を送れなかった。
自治体は寄付者にわび状を送り、来年の収穫から優先的に返礼する方針を示したものの、善意を裏切る形になったことは否めない。
「自然相手とはいえ、楽しみにしていた寄付者に申し訳ない」
村の関係者は悔しさをにじませた。
今回のトラブルは、人気食材の返礼品化が抱える構造的なリスクを浮き彫りにしたともいえる。
生産量が安定しないものほど寄付が集まりやすい一方、供給が不確定なため、今回のような「返礼不能リスク」が常につきまとう。
秋の味覚の未来はどうなる?
国産マツタケは天然の幸であり、気温22〜25度・適度な湿度など繊細な条件の上に成り立っている。
しかし近年、秋の訪れが遅れ、台風が来ずに山が乾燥し、気候が振り子のように極端に振れる年が続いている。
今年の不作は、単一の地域の問題ではなく、全国的な傾向として現れた。
今後も気候変動が進めば、今回のような大凶作の年が増える可能性は否定できない。それでも、山の再生が進んでいる地域もあり、採り手の間では「また豊作の年は必ず来る」という声もある。
自然と共生してきた日本の食文化が、この変動の時代をどう受け止め、どう守っていくのか。
マツタケという“秋の象徴”は、その問いを静かに投げかけている。



