「ゴキブリ屋敷」をネタにする異常配信者

「最強ちゃん」が世田谷区のAマンションに入居したのは2016年。当初は目立ったトラブルもなかったが、2022年頃から家賃を滞納し始め、最終的に130万円もの未払いを積み上げた。

だがそれは序章に過ぎない。彼女はTikTokで“虫まみれの部屋”をあえて晒し、視聴者を驚かせることを「武器」とした。

フォロワー数はみるみる増加し、奇異な生活を「見世物」として消費する人々によって、アカウントはカルト的な人気を得ていった。訴状には〈是正の意向は見られない〉と記されており、そもそも改善する気がなかったことは明白だ。
普通の住人にとっては耐え難い環境が、彼女にとっては“金になる舞台装置”。この倒錯こそが事件の根幹である。

「公衆便所とゴミ捨て場」の隣に暮らす絶望

裁判で提出された住民の証言は、読むだけで吐き気を催すほど生々しい。1階で会社を運営していた男性は、毎朝出勤するとベランダにハエの群れ。室内では見たことのない虫が大量に湧き、市販のバルサンを焚き続けても効果がない。ついには鞄の中にゴキブリが潜み、取引先で這い出して赤っ恥をかく始末。ビジネス上の信用すら奪われ、事務所を移転せざるを得なかった。

同じ階の住人に至っては、もっと惨憺たる状況に直面していた。

〈尿と生ゴミの臭気で息苦しく、腰まで積まれたゴミからゴキブリが次々に溢れ出す〉。隣に「公衆便所とゴミ捨て場」があるのと同じと証言されるその日常は、もはや住宅の体をなしていない。旅行どころか一晩外出すら不可能。〈寝ている顔をゴキブリが這った瞬間、筆を取るしかなかった〉という言葉には、耐え続けた末の絶望が滲んでいる。

罵声のシャワー「バカ、死ね！」

害虫地獄だけでなく、人間としての尊厳を踏みにじる言動も続いていた。入居直後から「最強ちゃん」は隣室に向かって壁を叩き、深夜でもお構いなしに「バカ、死ね」と怒鳴り散らした。

警察が出動することもあったが改善はなく、両隣の住人は心身ともに追い詰められて退去。静かな住環境は、一人の配信者の奇行によって破壊された。「迷惑系配信」と呼ばれるジャンルは数多いが、彼女の場合は“視聴者の笑い”が“住民の泣き声”と直結していた点に悪質さがある。自己顕示欲の代償を周囲に押し付ける、最悪の形であった。

法廷で明らかになった“無抵抗”と“擬制自白”

オーナー会社は度重なる警告にも効果がなかったため、ついに法的措置に踏み切った。ところが「最強ちゃん」は出廷もせず、答弁書も提出しない“無抵抗”。そのため裁判は「擬制自白」となり、原告の主張はすべて認められた。

今年6月、東京地裁は建物の明け渡しと滞納家賃約130万円の支払いを命じる判決を下した。ネットでは“笑えるネタ”として消費されていた行為が、司法の場では一蹴され「ただの迷惑行為」と断罪された瞬間だった。フォロワー数や再生回数は、現実社会では何の免罪符にもならないことを証明した。

控訴理由は“精神病”と“いじめ”――同情か、言い訳か

だが「最強ちゃん」は判決を不服として控訴。提出した理由書には〈家賃滞納や掃除を怠ったのは精神病のため〉〈親からの虐待と学校でのいじめが原因〉と記されていた。確かに、虐待やいじめの過去が事実ならば、彼女自身が「社会の被害者」であった側面は否定できない。

しかし、だからといってゴミを積み上げ、数万匹のゴキブリを繁殖させ、隣人に「死ね」と叫び続けていいはずはない。被害を受けた住民の生活や健康を踏みにじった責任は、過去の境遇によって帳消しにはならない。控訴理由に綴られた言葉は、同情を誘うどころか、むしろ彼女が自らの行為を直視できていない証左とも映る。

ネットの笑いと隣人の地獄

「最強ちゃん」の配信は、SNS上で「面白い」「やばすぎる」と盛り上がり、彼女をスターに押し上げた。だがその笑いの裏で、隣人は日常を奪われ、事業を失い、心身を蝕まれていった。

炎上芸は「ネットの中だけの茶番」では済まされない。現実の人々の生活を破壊した時点で、それはただの加害行為である。今回の裁判は、フォロワー数という幻想がいかに脆く、そして他者にとっていかに危険なものとなり得るかを示した。

“最強”を名乗った配信者が残したのは、ネットの笑いではなく、隣人の悲鳴と破壊された生活だった。