国家安全保障協定を締結、規制審査も完了 10万人以上の雇用と110億ドル超の投資を約束

日本製鉄株式会社と米国鉄鋼大手USスチール(United States Steel Corporation)が進めてきた買収提携構想が、ついに実現に向けて最終段階を迎えた。6月14日、日本製鉄は、トランプ米大統領が両社の「歴史的なパートナーシップ」を承認し、同時に国家安全保障協定(NSA)に基づく覚書に署名したことを正式に発表した。
声明によれば、このパートナーシップは「米国鉄鋼業において前例のない大規模な投資を実現し、10万人以上の雇用を守り、創出する」とし、米国製造業の再興に寄与するものであるという。すでに独占禁止法に基づく規制当局の審査も完了しており、今後速やかに提携が発効する見通しだ。
トランプ政権による「前例なき大統領令」
本パートナーシップにおける最も象徴的な出来事は、トランプ大統領による「大統領令」への署名である。この命令により、日本製鉄とUSスチールが合意したNSA(国家安全保障協定)には、次のような具体的な要件が含まれている。
- 2028年までに総額110億ドル(約1兆6000億円)を投資
- 新設のグリーンフィールド型製造拠点への初期投資
- 米国政府への「黄金株」発行
- 国内生産と通商に関する明確なコミットメント
さらに、日本時間5月30日にはペンシルベニア州のUSスチール製鉄所で行われた労働者との集会にトランプ氏自らが出席し、数千人の鉄鋼労働者とともにこのパートナーシップを祝う式典が開かれた。
黄金株とは何か 通常株との決定的な違い
今回の提携におけるキーワードが「黄金株(ゴールデン・シェア)」である。これは、たとえ1株の保有であっても、企業の経営に関して事前に定められた特定の重要事項に対して拒否権(Veto)を行使できる特別な株式を指す。
通常の株式(普通株)は、保有比率に応じて議決権を持ち、経営方針の決定に参画する。対して黄金株は、国家の安全保障や国益が関わる場合において、政府や公的機関が経営に対して一定の制御力を確保するために発行される。
日本国内ではINPEX(国際石油開発帝石)が、イギリスでは英国航空などが過去に黄金株の対象となった事例があり、いずれも外資による経営支配を抑制するために使われてきた。
黄金株は障害ではない 赤井厚雄氏の見解
この黄金株発行に対し、投資リスクや経営の自由度低下を懸念する声もあがっているが、ナウキャスト取締役会長の赤井厚雄氏はむしろ肯定的に捉えている。
「日鉄の意図は、USスチールの生殺与奪の件を握ることでも、USスチールを精算して資産を売却して儲けを上げることでもない。USスチールを傘下に収めた企業グループとしての生産能力を引き上げること、関税対策として米国内に生産拠点を持つことであるはず」
としたうえで、
「米国政府が黄金株を持つこと自体はなんら障害にならない。むしろ行き詰まったときには、政府との再交渉や支援要請も可能であり、決して悪い話ではない」と分析している。
技術流出を防ぐ「完全子会社化」へのこだわり
日本製鉄が完全子会社化にこだわる理由は、技術保護の観点にある。高級鋼を中心とした「虎の子の技術」がUSスチールに流出し、第三国へ渡ることを防ぐためには、経営の最終決定権を手中に収める必要がある。
そのため、日本製鉄は当初計画の14億ドル規模の投資を、最終的に140億ドル(約2兆円)へと10倍に引き上げ、政治的・経済的な交渉を重ねてきた。
実行段階に移る歴史的パートナーシップ 今後の焦点は「ガバナンスの運用」
今回の日本製鉄による公式発表では、トランプ米大統領の大統領令署名、国家安全保障協定(NSA)の締結、そして米国政府への黄金株の発行を含むガバナンス体制が明記されており、米国独禁当局の審査も含め、必要なすべての規制承認が完了したとされている。
買収に向けた不透明感が続いていた中で、今回のリリースは、交渉が制度面・政治面の両面で決着し、日鉄とUSスチールのパートナーシップが正式に実行段階へ移行したことを示す重要な節目である。
ただし、本件では「完全子会社化」という表現があえて避けられており、米政府が保有する黄金株を通じて、一定の経営判断に影響を持つ構造が容認されたものと見られる。日本製鉄にとって、米国における戦略拠点の確保と技術保護、さらには長期的な収益基盤の確立が今後の最大の焦点となる。
歴史的なパートナーシップとして発表された今回の買収。巨大製鉄グループの形成が、米国内製造業と地域経済の再興にどう寄与するか、そして日本企業としての影響力をどのように発揮していくかが、今後注目される。