
6月3日早朝、東京・都内の病院にて、プロ野球界の“ミスター”こと長嶋茂雄氏が逝去した。享年89歳。午後には大田区内の自宅に棺が静かに運び込まれ、長男の長嶋一茂氏と次女の三奈氏がその傍らで見守っていた。
だが、喪の空気が包むその家の内と外で、ある「言葉」が再びさざ波のように広がっている。
「うちは相続放棄をしている」
過去、テレビ番組やインタビューの中で長男・一茂氏が口にしたこの一言が、改めて注目を集めている。果たしてこの発言は何を意味するのか。法的には成立し得ないはずの“生前の相続放棄”が、なぜ堂々と語られたのか。そしてその裏に横たわる、長嶋家の兄妹関係と、国民的スーパースターの遺産をめぐる複雑な人間模様とは──。
「相続放棄をしている」 一茂氏の発言に専門家が疑義
元プロ野球選手でタレントとしても活躍する長嶋一茂氏は、2018年の『ワイドナショー』および2021年の『週刊文春』のインタビューで「父の遺産は放棄している」と明言している。しかし、法律上「相続放棄」は、被相続人の死後3か月以内に家庭裁判所に正式な申述を行ってはじめて成立する。司法書士らは「生前に相続放棄をすることはできず、あくまで意思表示にすぎない」として、このような発言に警鐘を鳴らしている。
専門家の間では、「遺産いらない」といった事前の宣言や家族間の話し合いは“遺産放棄”とも俗に呼ばれるが、法的効力は一切ない。「やっぱりほしい」と翻意しても問題はないため、誤解したまま放置することでトラブルにつながるケースも少なくない。
一茂氏と三奈氏の関係に潜む深い亀裂 過去の確執とブランド問題とは?
長嶋家の相続を語るうえで避けて通れないのが、長男・一茂氏と次女・三奈氏との間の関係性だ。2008年には、一茂氏の個人事務所が「長嶋茂雄」の商標出願を試み、三奈氏側との間で対立が表面化。翌年2009年には、一茂氏が父ゆかりの記念品や母・亜希子さんの遺品を売却したとされる報道がなされた。
これら一連の出来事により、長嶋家では兄妹間の関係が大きく揺らいだ。特に一茂氏は、2022年の発言で「父とは10年以上会っていない」と告白。さらに2021年のインタビューでは「長嶋という名前から解放されたい」と語り、遺産を受け取らないことで「自分の人生を生きる」という姿勢を明確にしていた。
こうした発言の積み重ねが、一茂氏の「相続放棄発言」と呼応しており、単なる誤解や言葉のミスではなく、実質的な距離の象徴とも受け取れる。
遺産総額6億円超 ブランド・肖像権・財団は誰の手に
報道によれば、長嶋茂雄氏の資産総額は都内・田園調布の豪邸などを含め、約6億円にのぼるとされる。しかし実体的な価値は、物理的資産よりも「長嶋茂雄」という国民的ブランドにあるとの見方が強い。
そのブランド継承を実質的に担ってきたのが、次女・三奈氏だ。父の個人事務所「オフィスN」の代表を務め、肖像権の管理や関連事業の運営を統括。2025年1月には「長嶋茂雄一般財団法人」を設立し、今後の社会貢献活動やブランド運用の基盤を整えつつある。この財団の詳細はいまだ明かされていないが、「茂雄の意志を象徴的に継ぐ枠組み」として、今後の動向が注目される。
長嶋家4兄妹の構図 沈黙する長女・有希氏と次男・正興氏
長嶋家には4人の兄妹がいる。長女の有希氏、長男の一茂氏、次女の三奈氏、そして次男の正興氏である。しかし、このうち有希氏と正興氏は、公の場にはほとんど登場せず、相続やブランド継承に関わる動きも報じられていない。結果的に、遺産の行方やブランド管理の実務面は、三奈氏が中心的な役割を果たしているとみられている。
有名人の死後に起きやすい相続トラブルとは
長嶋茂雄氏の死去とともに注目される遺産相続の行方。その背景には、過去の著名人や資産家の死去を機に、家族や関係者のあいだで“遺産”をめぐる深刻なトラブルが表面化してきたという現実がある。
典型的なケースの一つは、遺言書の不備や存在しないことによって、相続人同士が法定相続分を主張して対立する事例だ。生前に「すべて妻に任せる」といった口約束があったとしても、法的な効力はなく、形式的に有効な遺言書がなければ民法に従った分割協議が必要となる。
たとえば、ある不動産オーナーが死去した際、長男が「家業を継ぐ者に全財産を譲るという約束があった」と主張し、他の兄弟姉妹が異議を唱えて訴訟に発展。相続財産の多くが評価の難しい土地だったため、分割が困難を極め、結果として数年にわたり家庭裁判所での争いが続いた。
また別の事例では、高齢の資産家が晩年、特定の子や孫に資産を集中して贈与していたことが発覚し、他の相続人が「不公平だ」として**遺留分侵害額請求(旧・遺留分減殺請求)**を起こすに至った。この請求制度は、一定の相続人に対し最低限の取り分を保障するもので、特に資産の偏在がある場合に持ち出されやすい。
円満な相続にするためにおさえるべきこと
一方、円満に進んだ例としては、企業経営者や文化人が生前から信頼できる専門家を交えた遺言書作成、財産の整理、財団化などを進めていたケースがある。遺言執行者に中立的な弁護士を指名し、関係者に説明を済ませていたことで、遺族間に不信や誤解が生じる余地がなく、速やかに分割協議がまとまった。
このように、相続が「揉めるかどうか」は財産の多寡よりも、準備と信頼関係の有無に左右されるというのが専門家の一致した見解である。
長嶋家の場合、三奈氏が中心となって財団を設立していたこと、資産管理にプライベートバンカーが関与していたという報道があることから、制度面では一定の備えがなされていたと見られる。とはいえ、一茂氏や和重氏の過去の発言、家族関係の微妙な温度差を鑑みれば、形式的な仕組みだけでは収まらない可能性もある。
相続とは、単なる財産の移転ではなく、家族の記憶と関係性の「清算」であることを改めて示唆しているようにも思える。
相続は誰の手に?法的期限と遺族の決断
相続放棄を正式に行うには、茂雄氏の死去を知った日から3か月以内に、家庭裁判所への届け出が必要となる。この期限までに一茂氏が正式な相続放棄手続きを行うか否かも、今後の注目点だ。
一方で、和重氏がどのような判断を下すかは不透明であり、沈黙を続けている。三奈氏が財団や事務所を軸に“長嶋ブランド”の継承を図るなか、兄妹たちの選択がどのような結末を迎えるのか――。
一つの家の相続は、しばしば“家族の歴史の清算”でもある。長嶋茂雄という、戦後日本の象徴ともいえる人物をめぐる相続の行方は、今まさに静かに、そして確かに、注目を集めている。