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HIS、雇調金の不正受給発覚—特別調査委員会の報告書が暴いた「助成金依存経営」の実態

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HIS ガバナンスページ
HIS サステナビリティページより

東京・虎ノ門の本社ビルの一室で、経営陣が硬い表情を浮かべながら調査報告書を手にしていた。その内容が、今後のHISの命運を左右することを誰もが理解していた。3月21日、大手旅行会社である株式会社エイチ・アイ・エス(HIS)は、特別調査委員会による雇用調整助成金(雇調金)の不適正受給および不正受給に関する報告書を公表した。

調査の結果、HIS本体を含むグループ企業18社において、助成金の不正または不適正な受給が行われていたことが判明。その実態は、単なる事務処理ミスや管理の不備ではなく、一部では意図的な操作が行われていた可能性も指摘されている。

 

拡大する不正受給、新たに2社で発覚

HISではこれまでに、子会社「ナンバーワントラベル渋谷」において約1.1億円の不正受給が発覚しており、HIS本体でも約62.5億円を返還する事態となっていた。しかし、今回の報告書では、新たに**「クルーズプラネット」および別の子会社の2社において不正受給があった**と認定された。

報告書によると、「クルーズプラネット」は計約5億3650万円の雇調金を受給していたが、当時の社長が特別休業日に従業員に業務を指示していたことが判明。また、取締役の一人は「目的は助成金狙い」と明記したメールを送信し、出勤日の申請を意図的に半分程度に減らすよう指示していた。さらに、もう1社では、短時間勤務を出勤としてカウントしない独自の運用を行っていたことが発覚し、不正受給があったと認められた。

これに加え、従業員の一部が出勤したにもかかわらず記録されていなかったなどの問題が指摘され、子会社14社において不適切な受給があったと報告されている。

 

助成金に依存した経営の実態

HISのグループ全体での雇調金受給総額は28億円を超えていたが、今回の調査で新たな不正が判明したことで、その金額はさらに拡大する可能性がある。コロナ禍において、旅行業界全体が壊滅的な打撃を受ける中、HISは生き残りをかけて助成金を活用した。しかし、特別調査委員会の報告書が明らかにしたのは、単なる助成金の受給ではなく、助成金を「事業継続のための資金繰り」として依存する経営体質だったという事実だ。

調査によれば、HISの従業員が特別休業日に業務を行っていたにもかかわらず、勤務を記録しないケースが累計41万件以上に上った。これは、HISの全特別休業日数の23.8%に相当する数字であり、「意図的な操作」が行われていた可能性が否定できない。社内のガバナンスが機能していなかったのか、それとも会社ぐるみの隠蔽があったのか。事態はHISの経営の本質にまで踏み込むことを求められている。

 

企業倫理の「グレーゾーン」

HISのような大企業では、助成金の不正受給が明確な犯罪行為として認識される前に、「この程度なら問題ない」「経営のためには仕方がない」という意識が先行しやすい。今回のHISの事例も、最初から悪意を持って不正を企てたのではなく、経営危機に瀕する中で、次第に「助成金を返さずに済む方法」を模索し、不正の道へと踏み込んだ可能性がある。

企業のコンプライアンス意識は、このような「グレーゾーン」の中で試される。しかし、結果的にHISはその境界を超え、助成金を資金繰りの一部として使う道を選んでしまった。特別調査委員会の報告書は、企業ガバナンスの甘さを指摘するとともに、「助成金を適正に運用するための管理体制が不十分だった」ことを強く批判している。

 

制度の脆弱性と監視体制の限界

HISの問題は単なる企業の不正ではなく、雇調金制度そのものの脆弱性をも浮き彫りにした。特別調査委員会の報告によると、労働局の監視体制には限界があり、企業が自主的に適正な申請を行うことが前提とされている。しかし、コロナ禍のような未曾有の事態においては、企業の倫理観だけに依存するのではなく、リアルタイムのデータ分析を活用した監視システムが必要だったのではないか。

今後、同様の問題が他の企業でも発覚する可能性は否定できない。HISの事例は、単なる企業スキャンダルではなく、コロナ禍がもたらした経営の歪みと助成金制度の限界を浮かび上がらせた。監督機関がこの問題をどう受け止め、制度の再設計を行うのかが今後の焦点となる。

 

HISの今後と社会的責任

HISは、調査結果を受けて速やかに助成金の返還額を算定し、3月31日までに過年度の財務報告書を訂正する方針を示した。また、監査体制の見直しやコンプライアンス教育の強化を進めるとしているが、これだけで社会の信頼を回復できるのかは不透明だ。

さらに、厚生労働省が今後、HISに対してどのような制裁措置を講じるのかも注目される。刑事責任の追及がなされる可能性もあり、経営陣の責任問題に発展する可能性も否定できない。

 

HISは再生できるのか

この問題を受けて、投資家や取引先、そして消費者の信頼は大きく揺らいでいる。旅行業界の競争が激化する中で、HISは企業倫理の再構築を迫られている。単なるガバナンスの強化ではなく、経営の根本的な変革が求められる局面にある。HISはここからどのように立ち直るのか。その答えが、企業の持続可能性を測る試金石となるだろう。

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ライター:

株式会社Sacco 代表取締役。一般社団法人100年経営研究機構参与。一般社団法人SHOEHORN理事。株式会社東洋経済新報社ビジネスプロモーション局兼務。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。 連載:日経MJ・日本経済新聞電子版『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』

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