
「子どもが2人いれば所得税がゼロに」──この大胆な政策を打ち出したのは、欧州中部の国・ハンガリーだ。これまで「4人以上の子どもを持つ母親」に適用されていた所得税の生涯免除が、「2人以上の子ども」に拡大されるという。少子化が進む日本にとっても注目すべきこの政策の全貌と、ハンガリーの出生率改善の秘密に迫る。
ハンガリーの「異次元」少子化対策が話題に
2024年1月、ハンガリー政府は「2人以上の子どもを持つ母親の所得税を生涯免除する」という新たな少子化対策を発表した。この政策は、従来「4人以上の子どもがいる母親」が対象だったが、その条件が「2人以上の子ども」に拡大された。これは、次回の総選挙を控えたオルバン・ビクトル首相の発表によるものだ。
この大胆な政策に対し、米実業家イーロン・マスク氏はSNS上で「素晴らしい政策だ!」と絶賛した。マスク氏は自身が13人の子どもの父であることからも、その関心がうかがえる。
ハンガリーはどのように改善したのか
ハンガリーは、かつて日本と同様に深刻な少子化問題を抱えていた。2011年の同国の合計特殊出生率は 1.23であり、日本の現在の数値(2023年時点で 1.2)に近い水準だった。
しかし、オルバン政権が2010年に家族政策を国家戦略の最優先事項として打ち出して以降、出生率は上昇傾向に転じた。さらに、婚姻数はこの期間に2倍へと増加し、離婚数は30%減少するという社会的な安定効果も見られた。これらの成果は、EU全体の出生率が低下傾向にある中で際立つ結果といえる。
年度 | ハンガリー | 日本 |
---|---|---|
2011年 | 1.23 | 1.39 |
2021年 | 1.61 | 1.30 |
2023年 | 1.51 | 1.20 |
ハンガリーの少子化対策
ハンガリーが出生率改善に成功した要因は、複数の具体的な支援策にある。
以下では、その代表的な取り組みを紹介する。
【経済支援策】
ハンガリーでは「家族がいることで経済的な負担が増す」という意識を軽減するため、積極的な経済支援が行われている。特に、所得税の免除やローン支援は、家庭の経済的な負担を大幅に軽減する施策として注目されている。
- 所得税免除:
- これまで「4人以上の子どもを持つ母親」が対象だった所得税の生涯免除制度が、2024年1月より「2人以上の子ども」へと拡大された。
- 出産ローン制度:
- 「出産ローン」は、子どもの出産に伴う費用を支援するための無利子ローンで、3人目の子どもを出産した際には返済が全額免除されるという仕組みだ。家計への負担を軽減し、より多くの家庭が安心して子どもを持てる環境を整えるための支援策として導入された。
- 住宅ローン支援プログラム(CSOK):
- 第2子出産で1000万フォリント(約408万円)、第3子出産で1500万フォリント(約611万円)の支援が行われる。家族の成長に応じた住宅購入支援は、住環境の安定を図るうえで重要な施策といえる。
【子育て支援策】
ハンガリーでは、子育てに関わる経済的・時間的負担を軽減するための具体的な支援策が実施されている。
- 3年間の有給育休(両親または祖父母も取得可能)
- 子どもが2歳になるまでは収入に応じた給付金が支給され、3歳になるまでは定額の乳児手当が支給される。さらに、両親だけでなく祖父母も取得可能で、家族全体での育児参加が可能な制度となっている。
- 子どもが3歳になるまでの残業禁止
- 小さな子どもを持つ親が育児に専念できるよう、3歳になるまでは残業が禁止される。これにより、家族との時間が確保され、ワークライフバランスの向上が図られている。
- 公立の保育園・幼稚園の無償化
- 経済的に厳しい家庭でも安心して子どもを預けられるよう、公立の保育施設の利用料が無償化されている。これにより、教育格差の是正や育児のサポートが進められている。
【教育支援策】
ハンガリーは若者の才能育成と将来的な国内経済の発展を見据えた教育支援策も積極的に展開している。特に「MCC(マティアス・コルビヌス・コレギウム)」はその代表例であり、優秀な若者の育成と海外留学支援、さらには国内での活躍促進を目的としている。
「MCC」では、法律、経済、心理学、メディア、国際関係など幅広い分野の教育プログラムが提供され、無料で学べる環境が整っている。また、海外での経験を積んだ若者がハンガリーに戻り、国内で活躍することで経済成長を後押しするという目的も兼ね備えている。
【ワークライフバランスの促進】
ハンガリーでは、家族と過ごす時間の確保を重視し、働き方の見直しを積極的に進めている。
- 残業時間の年間上限は250時間以内(日本の360時間と比較して短い)
- 長時間労働を防ぎ、親が家庭での時間を確保しやすいよう、残業時間の上限が年間250時間に制限されている。これにより、ワークライフバランスの改善が図られている。
- 日曜の多くの商店が閉まるなど、家族の時間を大切にする文化の醸成
- 日曜日には多くの商店が営業を休むという取り組みも行われており、社会全体で「家族と過ごす時間」を確保する意識が根付いている。これにより、親子のコミュニケーションが促進され、家族の結びつきが強化される効果がある。
成功の要因と課題
【成功の要因】
主な成功要因は以下のようなものが挙げられる。
- GDPの6.2%を家族政策に投資(世界一の支出規模)
- 長時間労働を抑制し、家族と過ごす時間を増やす制度設計
ハンガリーの成功要因は、単なる経済的支援だけでなく、社会全体の「意識改革」も大きく影響している。オルバン政権は、「子どもを持つことはリスクではなく、価値のあるもの」という価値観を国民に浸透させるための取り組みを進めた。その一環として、政府は積極的に家族支援へ投資を行っている。家族支援策としての支出はGDP比で世界最高水準となる6.2%に達しており、この予算を活用して、所得税免除、育休制度、教育支援といった包括的な支援制度を整備してきた。これにより、子育て家庭への経済的な負担が大幅に軽減され、安心して子どもを育てられる環境が整えられたのだ。
また、ワークライフバランスの徹底的な改善も大きな成功要因だろう。育児や家庭の時間を優先できるような働き方の見直しが行われたことにより、親が家族と過ごす時間を確保しやすくなり、育児や家庭生活の充実が図られた。これらの取り組みが、出生率の改善や家族の安定に寄与していると考えられる。
【課題】
一方で、課題として挙げられるのは以下の内容だろう。
- 27%の消費税が財源の主力であり、物価上昇への影響が懸念される
- 住宅支援制度により一部地域では住宅価格の高騰が発生
- 家族政策だけでは出生率の急激な上昇は見込めず、総合的な社会福祉制度の整備が必要と指摘する専門家も多い
まず、家族支援の財源として主に活用されているのが、世界でも最高水準の27%の消費税である。この高い消費税により、政府は子育て支援や住宅支援に多額の予算を投じることが可能になったが、その一方で物価上昇への影響も懸念されている。
さらに、住宅支援制度の影響で一部地域では住宅価格が急騰し、住宅購入が困難になるケースが生じている。特に都市部では需要が供給を上回り、若年層にとって負担が増している状況がある。
また、家族政策のみでは出生率の急激な上昇は難しいという指摘も多い。子どもを持つという選択が社会的に価値のあるものと捉えられつつあるものの、持続的に出生率を維持・向上させるためには、教育や医療、福祉制度のさらなる充実が不可欠とする専門家の声もある。
まとめ
日本でも2026年から「子ども・子育て支援法」が段階的に施行される予定だが、ハンガリーの「所得税免除」のようなインパクトのある施策は検討されていない。ハンガリーの取り組みが示す重要なポイントは、「子どもを持つことは価値がある」という社会的意識の醸成である。日本でも、昨今は働き方改革の一環として長時間労働の是正は行われているもまだまだ浸透していない印象がある。また、国を挙げての子育て支援もハンガリーほど大々的な施策とは言えない。少子化は日本の喫緊の課題ではあるものの、ハンガリーのような政策をしなければ出生率の向上が見込めないとなると、日本の出生率の向上はまだ先になるのかもしれない。