「大学トップが大学資金を不正に流用した」と聞けば、誰もが驚くだろう。それが名門・東京女子医科大学で起きたとあれば、なおさらだ。大学に約1億1700万円もの損害を与えたとされる背任容疑で、元理事長の岩本絹子容疑者(78)が逮捕された。彼女のキャリアと今回の事件の背景をたどることで、問題の本質が見えてくる。
岩本絹子氏の経歴と地域医療への貢献
東京ドクターズによる紹介記事によると、岩本絹子氏は、1973年に東京女子医科大学を卒業後、1981年に産婦人科医院を開設し、長年にわたり開業医として地域医療に従事してきた人物だ。その後、2013年に同大学の同窓会組織である『至誠会』の代表理事に就任し、組織運営の手腕を評価された。
岩本氏は、葛西中央病院の産婦人科部長を務めた後、大学時代の友人である三輪副院長と共に『葛西産婦人科』を開業した。同医院は1984年に東京メトロ東西線「葛西駅」付近に拠点を移し、地域医療の拠点として機能してきた。彼女は医師の家系に生まれ、幼少期から医師になることを志していた。母親も産婦人科医であり、その背中を見て育った岩本氏は、小学生の頃から医療の道を目指していたという。
東京女子医科大学での改革と転落の軌跡
「インフォームドコンセントを徹底し、患者の心理面まで配慮する」という信念は、地域住民からの信頼を集めた。一方で、大学運営に携わるようになってからは、ガバナンスの欠如が次第に問題視されるようになる。彼女は2014年に東京女子医大の副理事長に就任し、2019年には理事長に昇格。学内外から一定の支持を受けていたが、理事長としての経営スタイルには批判もつきまとった。
「どこで道を誤ったのか?」という疑問は避けられない。
開業医として地域医療に尽力し、同窓会組織の代表理事としても活躍していた岩本氏が、なぜ背任容疑で逮捕されるに至ったのか。その転換点は、副理事長就任以降の大学運営における資金管理の不透明さにあったと見られている。
建築アドバイザー報酬を名目に不正送金
警視庁の発表によると、岩本容疑者は2018年7月から2020年2月にかけて、新宿区河田町キャンパスの新校舎2棟の建設工事において、一級建築士の男性(68)が実際にはコンサルティング業務を行っていないにもかかわらず、「建築アドバイザー報酬」の名目で約1億1700万円を計21回にわたり、男性名義の口座に送金させたとされる。この不正送金により、大学に多額の損害が発生したと見られている。
一連の不正疑惑と大学ガバナンス問題
東京女子医科大学を巡る問題はこれだけに留まらない。職員への不正給与支給疑惑や推薦入試における寄付金の受領など、ガバナンスの欠如が度々指摘されてきた。昨年3月、警視庁は同大学本部や岩本容疑者の自宅など十数カ所を一斉捜索。押収資料の分析や関係者からの事情聴取を進め、今回の逮捕に至った。
同大学が設置した第三者委員会は昨年8月、調査報告書を公表。その中で岩本容疑者が大学資金を不正に還流させた可能性について指摘し、「金銭に対する強い執着心があった」と批判した。この報告を受け、岩本容疑者は同月、全ての役職から解任されていた。
私学助成金への影響と今後の課題
今回の逮捕を受け、東京女子医科大学に対する文部科学省の私学助成金交付がどうなるか注目されている。私学助成金を管理する日本私立学校振興・共済事業団は、同大学への2024年度分の助成金交付の判断を保留しており、今後の大学の運営方針次第では減額や不交付の可能性もある。
大学側は昨年10月、理事全員が辞任し、外部から新たな理事を登用するなど、ガバナンス強化を図った。しかし、新たな理事長候補者を巡って内部対立があり、最終的に元財務官僚の清水治氏が理事長に就任するまで1カ月半を要した。
大学の再建と経営改善の必要性
東京女子医科大学の2023年度の経常収支差額は約62.7億円の赤字を計上しており、財務面での課題も山積している。職員数は2020年の4359人から2024年には3693人に減少。赤字解消と職員の雇用条件改善が今後の大きな課題となる。
大学関係者の一人は、「今回の逮捕を契機に、大学が一丸となって経営改革を進めてほしい」と述べている。
背任罪の成立要件と意義
背任罪とは、他人のために職務を行う立場にある者が、その任務に違反して相手に損害を与え、自分または第三者に利益を図る行為を処罰するものである。法人のトップが広範な権限を持つ場合でも、その権限を濫用して組織資金を私的に流用すれば、背任罪に問われる。本件でも、岩本容疑者が理事長としての権限を悪用し、大学に損害を与えた行為が問題視されている。
社会的信頼の回復が急務
東京女子医科大学は、新型コロナウイルスの感染拡大時に医療従事者のボーナスカット問題が報じられるなど、過去にも信頼を損なう出来事が相次いでいた。不祥事の度に大学の社会的評価は低下し、優秀な学生や教職員の確保にも影響を及ぼしている。
今後、大学が社会的信頼を回復し、安定した経営基盤を築くためには、透明性の高い運営と再発防止策の徹底が求められる。