
地方の伝統産業である酒造りが、国境を越え、微生物の力でファッションの未来を塗り替えようとしている。津南醸造によるインドネシアのバイオ素材スタートアップへの訪問は、単なる視察を超えた「発酵の共生」の幕開けとなった。
未知の「育てるレザー」を求めて
新潟の豪雪地帯で醸される日本酒と、インドネシアの熱帯で産声を上げたヴィーガンレザー。一見、無縁に思える二つの領域が、西ジャワ州バンドンの研究施設で交差した。
津南醸造の代表取締役、鈴木健吾氏は2026年2月6日、バイオ素材の開発を手掛ける「Bell Living Lab」を訪れた。目的は、コーヒーの廃棄物から生み出される革新的な素材「M-Tex」の製造現場を目の当たりにすることだ。
現地では、インドネシア国立研究革新庁の研究員も同行し、次世代の「バイオものづくり」に関する熱烈な議論が交わされた。
「廃棄」を「栄養」に変える逆転の発想
Bell Living Labが手掛ける「M-Tex」の独自性は、その生産プロセスが「製造」ではなく「育成」である点にある。
世界屈指のコーヒー生産国であるインドネシアでは、膨大な量のコーヒーチェリーの果肉(パルプ)が廃棄され、腐敗の過程で温室効果ガスを排出することが課題となっていた。同社はこのパルプを微生物の「栄養源」として再定義した。
回収されたパルプに特定の菌株を投入すると、微生物が糖を代謝し、高純度なセルロースナノファイバーを液面に形成する。数週間の発酵を経て「収穫」されたマット状のシートは、洗浄・乾燥を経て、高級レザーに匹敵する強度と質感を持つ100%ヴィーガンの素材へと姿を変える。
家畜を必要とせず、有害な化学物質も使わない。まさに、大地から「生えてくる」レザーなのだ。
微生物を操る「醸造家」たちの共鳴
「私たちの日本酒造りと、彼らの素材作りには、驚くほどの共通点がある」
鈴木氏は、津南醸造が麹菌や酵母を制御するプロセスと、Bell社がセルロースを生成させるプロセスの類似性を指摘する。どちらも微生物の生命活動を最適化し、付加価値を生み出す「発酵」の技術が核となっている。
会談では、津南醸造が長年培ってきた精密な微生物制御の知見を、レザーの生産効率向上に転用する案も浮上した。温度やpH、湿度の厳格な管理データを提供することで、バイオ素材の品質をグローバル基準へと引き上げる。この「発酵の知恵」の交換こそが、異業種連携の真骨頂といえるだろう。
月面居住を見据えた「宇宙発酵」の夢
議論はさらに、2040年の月面居住という壮大な未来へと飛躍した。
地球から重量物を運び込むことが困難な宇宙空間において、資源の完全循環は必須条件となる。鈴木氏は、現地で食料を生産した際に出るわずかな廃棄物から、微生物を通じて衣服や建材を「育てる」技術こそが、宇宙生活の鍵を握ると説く。
「月面で牛を育てることはできないが、微生物なら育てられる」
この視点は、サステナビリティを地球環境の保護という枠組みから、人類の生存圏拡大のための必須技術へと昇華させた。
伝統を最強の武器に変える「技術の再定義」
津南醸造の行動力は、伝統産業が「守り」ではなく「攻め」の姿勢で異分野に飛び込むことの重要性を教えてくれる。
自社の核心技術である「発酵」を、単なる酒造りの手段として限定せず、環境課題解決や宇宙開発にまで通用する「汎用的なバイオテクノロジー」として再定義した点に、現代のビジネスパーソンが学ぶべきヒントがある。
ローカルな酒蔵がグローバルな課題と結びついたとき、伝統は最先端のイノベーションへと変貌を遂げる。彼らが合意した「酒粕をバイオレザーの培地にする」という共同研究は、新潟の酒蔵から世界、そして宇宙へと続く新しい循環の第一歩となるだろう。



