
大阪府が1月21日に公開したギャンブル依存症啓発動画『ギャン太郎』が、ネット上で大きな物議を醸している。「依存症は心の鬼」「楽して生きたい怠け者がなる」といった動画内の表現に対し、医学的見地からの批判が殺到。
公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表らが公開停止を求める異例の事態に発展し、国会議員をも巻き込む騒動となっている。医学的な正しさと広告的な分かりやすさ、そして公募というシステムが抱える課題。今回の騒動は、行政の啓発活動における多くの火種を同時に露呈させる結果となった。
「医学無視の精神論」に足立康史議員らも苦言
問題となっているのは、大阪府がYouTubeで公開した、桃太郎をモチーフにしたアニメ動画だ。オンラインカジノにのめり込む主人公を描いたこの作品で、最大の争点となっているのが「依存症=心の鬼」という演出である。動画は、依存症の状態を「自分の心が鬼になった」と比喩し、解決策として「自分の中の鬼に打ち勝つ」ことが重要だと説く。
これに即座に反応したのが、長年この問題の最前線で活動してきた田中紀子代表だ。田中氏は1月31日、吉村洋文知事あてに提出した要望書の中で、この表現を真っ向から否定した。依存症はWHOでも認められた「脳の機能不全」を伴う病気であり、本人の性格や気合で克服できるものではないからだ。田中氏は、動画が「依存症になる人間は怠け者である」という誤ったステレオタイプを強化し、当事者の自尊心を傷つけ、孤立を深めるだけだと痛烈に批判している。
この動きに呼応し、政界からも「待った」の声がかかった。かつてIR法制定に関わった国民民主党の足立康史参議院議員は、田中代表の懸念に全面的に同意を表明。「トップランナー」を自負する大阪府が医学を無視した精神論を垂れ流すことは怠慢以外の何物でもないと断罪し、総選挙後に国会で取り上げる構えを見せている。
また、精神科医の常岡俊昭氏が「医学的にはありえない」と絶句すれば、元官僚の宇佐美典也氏も「国会で取り上げるべき案件」と指摘するなど、専門家筋からの評価は極めて厳しいのが現状だ。
公募最下位の団体が「後出し」で勝者を批判する是非
医学的見地から見れば、田中代表らの主張は正論であり、多くの支持を集めている。しかし、この騒動にはもう一つの側面がある。田中代表自身が「当会も応募しましたが、審査の結果、当会は最下位でした」と明かしたことで、一部からはその批判活動の「立ち位置」に対する疑問の声も上がっているのだ。
公募という厳正な競争のルールの中で、結果が出た後に、敗者が勝者(今回は大手広告代理店の博報堂プロダクツ関西支社)の作品を公然と批判する。この構図に対し、どこか「後出しジャンケン」のような、フェアではない印象を抱く向きも少なくない。自らが提案した企画が通らなかったからといって、選ばれた作品を「間違った啓発の見本」とまで断罪する行為は、果たして純粋な公益性のみに基づいたものなのか。
穿った見方をすれば、選ばれなかったことへの「あてつけ」や「私憤」が混じっているようにも映りかねない。
もし本当に「正しい啓発」を志すのであれば、他者を批判して引きずり下ろすことに注力するよりも、自分たちがどのような案で応募したのか、その「正解」を開示すべきではないだろうか。さらに言えば、現代にはYouTubeという強力な発信ツールがある。行政の予算に頼らずとも、自分たちの手で理想とする動画を制作し、世に問うことは可能だ。
それをせずに、選定された企業を攻撃する姿は、かえって「公募で選ばれるべき対象ではなかった」ことの証左になってしまっているという厳しい見方もある。
高校生相手に「医学的正しさ」だけで勝てるのか
また、動画の「出来」そのものについても、是々非々の議論が必要だ。批判されている「鬼」という比喩表現だが、広告的な観点から見れば、必ずしも全否定されるべきものではない。
この動画のターゲットは、医学論文を読む専門家ではなく、スマホ片手に動画をザッピングする高校生や大学生等の若年層たちだ。教科書的な「脳の機能不全」という説明で、果たして彼らの指を止めさせることができるだろうか。物語としての面白さ、キャッチーな「鬼」という比喩を用いて、まずは関心を持ってもらう。
動画内では最終的に「助けてと言う勇気が大事」と相談窓口へ誘導しており、あくまで「導入」としての役割に徹していると考えれば、この「ライトな入り方」は一つの正解と言える。事実、SNS上には「よくできている」「今の違法カジノの入り口はこんなもの」といった肯定的な意見も存在している。
行政と大手代理店の「切っても切れぬ」構造的論理
最後に、今回大手広告代理店が選ばれたことに対し「出来レースではないか」との声もあるが、これは行政事業の世界では極めて一般的な結果だ。国の委託事業や自治体の公募案件において重視されるのは、尖った専門性以上に、事業を完遂できる「体力」と「過去の実績」、そして「規模感」だ。
納期を守り、コンプライアンスを遵守し、広範なメディア展開を安定して行える組織力。その点において、一法人が、数多の実績を持つ大手代理店に遅れを取るのは構造的な必然である。これを「専門家が選ばれなかった」と嘆くのは、公募というシステムの現実を見誤っていると言わざるを得ない。ましてやこのような形でSNSを活用して批判するという代表の手口をみても、この団体が選ばれなかったのはさもありなんといったところか。
IR開業を控え、世界水準の対策が求められる大阪府。医学的な正しさを追求する専門家の声と、若者に届けるための広告的インパクト、そして公募プロセスの公平性。今回の炎上劇は、これらが複雑に絡み合った難題を突きつけている。



