
弁護士法人アディーレ法律事務所が「退職代行」に乗り出した。サービス名は「アディーレの退職ナイト」。相談無料、費用は税込3万3000円から。全国対応、即日退職も可能と謳う。公式サイトでは「弁護士だから安心」と強調されており、まるで「退職代行の決定版」を思わせる仕上がりだ。
SNSでは早くも話題になっている。
「アディーレが退職代行をやり出した。借金過払い金請求に次ぐ儲け話を見つけたみたい」
「過払い金ビジネスはもう顧客が枯渇してる。弁護士も新規事業を開拓しないと辛いよね」
「非弁業者と同じ価格か、ちょっと高いくらいでやるなら安心」
投稿欄には冷ややかな声と、妙に現実的な共感が入り混じる。弁護士が“退職を代行する”時代。いったい何が起きているのか。
過払い金バブルの終焉と、弁護士の次なる戦場
アディーレといえば、テレビCMで「過払い金請求」を世に知らしめた存在だ。ピーク時には全国に支店を広げ、「払いすぎたお金が戻ってくる」というキャッチコピーで、金融庶民の味方として名を馳せた。
しかし、法改正とともに請求対象者は激減。2020年代に入ると“過払い金バブル”は終焉を迎える。弁護士業界では当時の隆盛を「バブル景気」と揶揄する声もあった。
アディーレはその後、交通事故、離婚、B型肝炎給付金請求など新分野を開拓してきたが、決定的な次の柱は見つかっていなかった。そんな中、退職代行という「社会的にグレーで、しかし確実に需要がある」市場に目をつけたとみられる。
弁護士資格を持つアディーレが参入すれば、他の退職代行業者が常に抱える“非弁行為”リスクを回避できる。過払い金ビジネスの成功モデルを、合法的かつ安定した形で再現する狙いが透けて見える。
急成長する退職代行市場 若者の「即退職」ニーズが後押し
退職代行サービスは、2019年ごろから急速に拡大した。会社に直接「辞めます」と言えない若者たちが、メール一本で職場との関係を断てる仕組みが、時代の空気にぴたりと合ったのだ。
主要プレイヤーのひとつ「モームリ」は、2022年のサービス開始からわずか2年で相談件数2万8000件、退職実行1万5000件を突破。利用者の7割以上が20〜30代前半。背景には、長時間労働やハラスメントに疲弊した若年層の“静かな離職革命”がある。
ただし、この市場には構造的な問題がある。退職代行業者の多くは弁護士ではないため、企業との交渉や法的助言を行うと「非弁行為」にあたる可能性がある。実際、警視庁はモームリを運営する株式会社アルバトロスに家宅捜索を実施したことは記憶に新しい。報酬を得る目的で弁護士法第72条に違反する行為を行った疑いがあったとされる。摘発の背景には、「退職代行の名を借りた違法法律業務」の広がりへの危機感があった。
この事件は業界に冷や水を浴びせた一方で、「弁護士が運営する退職代行」への需要を押し上げる結果にもなった。つまり、アディーレの参入は「非弁摘発の空白地帯」を埋める動きでもある。
弁護士法人の安心プレミアム、3万円の“保険料”
「アディーレの退職ナイト」の料金は税込3万3000円。一般的な退職代行が2〜3万円台であることを考えると、やや高めだ。しかしSNS上では「弁護士が同じ価格帯でやるなら安心」との声も多い。
実際、弁護士が関与することで、退職届の提出だけでなく、有給消化や残業代請求といった「法律行為」を同時に処理できる。企業からの損害賠償請求など、トラブル時の対応もスムーズだ。つまり、3万円は「安心料」「トラブル回避の保険料」として機能している。
一方で、弁護士法人がこの価格で全国対応を維持できるのかという採算面の課題もある。大量処理を前提にした過払い金請求のように、効率化と集客を両立できなければ利益は出にくい。それでもアディーレが参入したのは、退職代行が「次のマス市場」になるという確信があるからだろう。
「退職バブル」は起こるか ―モームリ事件が示した境界線
モームリ事件は、業界の分水嶺だった。弁護士資格のない者が報酬を得て退職交渉を行えば非弁行為となり、刑事罰の対象になり得る。だが、法律のグレーゾーンを巧みに突く形で、多くの業者がいまも営業を続けている。
労働組合と提携して合法性を確保するモデルもあるが、交渉力や即応性に限界がある。
その点、弁護士法人が直接運営するアディーレ方式は、法的リスクを完全に排除した“安全モデル”といえる。
非弁摘発の波が続けば、一般代行業者が撤退し、弁護士法人型のサービスが主流になる可能性もある。
“退職バブル”の勝者は、過払い金時代の覇者・アディーレになるのか。それとも、新たな規制の波に飲まれるのか。
弁護士も“商人化”する時代
「弁護士が退職を代行するなんて、昔なら考えられなかった」と語るのは、都内のベテラン弁護士だ。
「過払い金で名を上げた事務所が、今度は退職代行。職業倫理の観点で言えば、少し複雑な気持ちです。ただ、それだけ時代が変わったということ。弁護士も生き残りをかけて“商人化”している。」
確かに、退職代行は本来、社会の“隙間”を埋めるビジネスだった。しかし、それが法的専門職の領域にまで踏み込んだ今、もはや「隙間」ではない。
働く人の逃げ道が“正規サービス化”する社会。そこに現代日本の縮図がある。



