
2025年8月20日、ドイツ連邦最高裁判所(BGH)は、インターネット上で広く利用される広告ブロッカーの合法性を巡る訴訟で、過去の「合法」とした判決を覆し、改めて高等裁判所での再審理を命じた。これにより、利用者の利便性を支えてきたブラウザ拡張機能の将来に不透明感が広がっている。
出版大手Axel SpringerとAdblock Plusの長期係争
訴訟の発端は2015年にさかのぼる。ドイツ大手出版社のAxel Springerは、広告収入を阻害されたとして、広告ブロッカー「Adblock Plus」を開発するEyeo社を提訴。当初は競争法違反を根拠に争ったが、2018年に連邦最高裁は「広告を表示するか否かはユーザーの自由であり、違法性はない」と判断した。
しかしその後、Axel Springerは「広告ブロッカーはウェブサイトのコードを不正に操作し、著作権法が保護するソフトウェアの改変にあたる」と新たな主張を展開。これに対しEyeo側は「単に特定のコードを読み込まないだけで、改変はしていない」と反論し、2022年と2023年には下級審で再び合法性が認められていた。
著作権法に基づく新たな争点
今回の最高裁判断は、ドイツ著作権法第69a条に定められた「ソフトウェア保護規定」を争点に据えている。もしウェブサイトのHTMLやCSSが「著作物」として保護され、広告ブロッカーによる介入が「複製権や改変権の侵害」とみなされれば、広告ブロック機能そのものが違法と判断される可能性が出てくる。
最高裁は「高等裁判所は技術的基礎を十分に検討せずに判決を下した」と指摘。再審理では、広告表示に関わるコードがどこまで著作権保護の対象となるかが焦点となる。
もし広告ブロッカーが違法になったら
広告ブロッカーが違法と認定されれば、利用者の日常的なインターネット体験は大きく変わる。例えば、YouTubeやニュースサイトでスキップ不可の動画広告が必ず流れるようになり、ページの読み込み速度やデータ通信量も増大する。さらにセキュリティ目的で広告配信サーバーを遮断する企業や家庭のフィルタリング機能にも影響が及びかねない。
「広告が不便だからではなく、セキュリティ上の理由からブロックを使っている人もいる。もし全面的に違法となれば、単なる利便性の問題を超えて安全性の低下につながる」(ITセキュリティ専門家)との声も出ている。
広告収益モデルとの構造的対立
今回の訴訟は単なるEyeo社とAxel Springerの争いにとどまらない。背景には「広告収益モデルの持続可能性」がある。多くのニュースサイトやSNSは広告収入に依存しており、広告が見られなければビジネスが成立しない。一方、利用者は過剰なポップアップや追跡型広告に不満を募らせ、ブロッカー利用を拡大させてきた。
訴訟の行方は、広告依存からサブスクリプションや寄付モデルへの移行を加速させる可能性がある。実際、欧州ではすでに一部のメディアが「広告解除のための有料プラン」を導入しており、判決がこの流れを後押しすることになれば、メディアの収益構造が大きく変わる可能性がある。
各国の対応と温度差
ドイツでの争いは国際的にも注目を集めている。米国では広告ブロッカーは合法とされ、むしろプライバシー保護の観点から容認されることが多い。一方、日本では広告ブロッカーの利用は一般的だが、法的な明確な判断は示されていない。
欧州ではGDPR(一般データ保護規則)を背景に「ユーザーの選択権」を尊重する姿勢が強いとされてきたが、今回の最高裁判断はその流れに逆行する可能性がある。
もしドイツで広告ブロッカー違法化が確定すれば、EU全体に波及する懸念も指摘される。逆に米国やアジア諸国との温度差が鮮明になれば、ウェブサービスの提供やブラウザ機能の国際的な分断を招くリスクもある。
Mozilla「ユーザーの選択が奪われる懸念」
ブラウザ「Firefox」を提供するMozillaの上級顧問ダニエル・ナザー氏は、「広告ブロックだけでなく、ユーザーがページ表示をカスタマイズする多様な拡張機能全般に影響する可能性がある」と警告。判決の帰趨次第では、広告非表示機能だけでなく、翻訳、アクセシビリティ改善、カスタムデザインといった利便性の高い拡張機能が制限されるおそれがあると指摘した。
今後の見通し
新たな審理には数年を要する見込みで、その間も業界や利用者に不安は残る。開発者側は将来のリスクを避けるために機能制限を余儀なくされる可能性もあり、ユーザーの自由度が縮小する事態も想定される。
欧州全体で進むデジタル規制の流れのなか、今回のドイツ最高裁の判断は、広告依存型メディアモデルとユーザーの自由な利用環境のせめぎ合いを象徴する出来事といえる。