「危険な性犯罪者に有効」政府が打ち出した再犯抑止の新方針

英国のシャバナ・マフムード法相は5月22日、性犯罪者の再犯防止策として、「化学的去勢」の義務化を検討していることを議会で明らかにした。
性欲を抑えるホルモン治療の一種で、すでに試験運用が始まっている薬物療法を全国規模に広げた上で、将来的に一定の受刑者に義務化する可能性を示唆した。
首相報道官も、「性欲抑制薬の使用は危険な性犯罪者に対して科学的に効果が証明されている」と述べ、法務省の方針を後押しする姿勢を見せている。
刑務所の逼迫と高い再犯率 背景にある切実な事情
英国の刑務所は今、深刻な過密状態に直面している。デイビッド・ゴーク元法相が主導した独立調査では、2028年初頭までに約9,800人分の収容スペースが不足するとの試算が出ている。とりわけ性犯罪で服役している受刑者は、イングランドとウェールズだけで14,863人と、成人受刑者の約21%を占める。
このような中で政府は、薬物療法を再犯率の低下と刑務所負担の軽減の両面から評価し、導入拡大に踏み切る構えだ。2022年からイングランド南西部の刑務所で始まった任意の薬物投与プログラムを基に、全国20カ所の刑務所への展開を計画している。
韓国で成果、他国も導入 国際的にも注目される制度
化学的去勢はすでに複数の国で制度化されている。韓国では2011年から導入され、再犯率が60〜84%から2.5〜7.5%にまで低下したという報告がある。また、ポーランド、ロシア、ラトビア、ドイツ、デンマーク、さらに米カリフォルニア州などでも法制化されており、国際的に一定の実績を上げてきた。
英国が今回の方針を取る背景には、こうした他国の成果に学びながら、自国の制度に応用しようという狙いがある。
「性欲だけではない」 支配欲や怒り、心理要因の見落とし
一方で、性犯罪の動機は単なる性欲にとどまらない。多くの専門家が指摘するのは、犯行の根底にある「支配欲」や「怒り」、「精神疾患」などの存在である。化学的去勢はあくまで性衝動の抑制にすぎず、これらの根本的な心理要因には対応できない。
マフムード法相自身も、「薬物療法だけで問題は解決しない。心理療法との併用が不可欠だ」と述べており、政策の持続性と本質的な再犯抑止効果をどう担保するかが問われている。
暴力犯罪への“転化”リスク 更なる対策はあるのか
もう一つの懸念は、性欲を抑えられた加害者が、別の形で攻撃性を発露するリスクだ。性犯罪者の中には、反社会的傾向を抱えた者もおり、性衝動が抑えられても、暴力や窃盗など他の犯罪へ移行する恐れが指摘されている。
つまり、化学的去勢は“根本治療”にはならず、あくまで一時的な症状緩和に過ぎないのではないか、という声も根強い。
義務化は「是か非か」 制度設計と人権のバランスが焦点に
政府が掲げる「義務化」は、再犯率の抑制というメリットがある一方で、個人の身体の自由や人権とのせめぎ合いでもある。医学的リスクや倫理的課題を無視できない中、強制的なホルモン治療をどこまで正当化できるのか。今後の議論では、司法、医学、倫理の三方向からの視点が不可欠となる。
英国政府のこの一手は、再犯抑止と社会的安全性の向上を狙う挑戦的な試みだ。しかし、その実効性と正当性が問われる中で、制度設計の緻密さと人間性への配慮が、最終的な評価を左右することになるだろう。