再生可能エネルギー(以下、再エネ)を最大限に活用し、「エネルギーの民主化実現」をミッションに掲げているデジタルグリッド株式会社。発電家と需要家が直接取引できる同社のプラットフォームは、電力マーケットの在り方を変えるポテンシャルを秘めている。
始まりは東大の大学発ベンチャー
大学に潜在する研究成果を活かし、新市場の創出を目指すイノベーションの担い手として期待されている大学発ベンチャー。経済産業省の調査によると、2022年度の大学発ベンチャー数は過去最多の3,782社と右肩上がりで、関連大学別では東京大学が371社とトップを独走している。
AIを駆使したシステムで電力の需要と供給を予測するデジタルグリッド株式会社も、東大が生んだ大学発ベンチャーのひとつだ。しかし、IT(アプリケーション、ソフトウェア)やバイオ・ヘルスケア・医療機器の両業種が群を抜く大学発ベンチャーの中では、異色の存在と言えるだろう。
自身も東大大学院工学系研究科(技術経営戦略学専攻)を修了し、再エネと電力取引の研究に取り組んできた豊田祐介社長に、デジタルグリッドの設立経緯から尋ねた。
「デジタルグリッドの生みの親は、大学時代の恩師の阿部力也先生(元東大特任教授)です。阿部先生は『電力もインターネットのデータと同様に色付けすれば、どこで生まれた電力がどこで消費されたか可視化できる』と提唱してきました」
電力の安定供給には発電量と消費量の均衡を保つ必要があるが、再エネは天候や時間帯によって発電量が左右されてしまう。しかし、電気に色を付けるデジタルグリッドの技術を用いれば、いつどれくらいの電力が使われるか、あるいはどの太陽光や風力発電所でいつどれくらいの発電ができるかを正確に予測できるというわけだ。
「学生時代の研究テーマで『電気に色を付けて売買できるようになれば面白い』という阿部先生のコンセプトに出合い、『これは有望なビジネスになる』と感じました。学部と大学院での研究では真髄までたどり着けませんでしたが、いつかこの世界に戻りたいという思いはありました」
こう語る豊田社長は、2012年に大学院を修了するとゴールドマン・サックス証券に入社。戦略投資開発部でメガソーラーの開発や投資業務に携わり、2016年には投資ファンドのインテグラルに転職する。
「就職活動をしていた当時は色を付ける電源自体が存在しませんでした。原発も稼働していましたし、阿部先生の構想が社会実装される日は当分来ないだろうと考えていたんです」
お客様と共につくり上げた日本初のシステム
だが、豊田社長は恩師と連絡を取り続けていた。金融ビジネスの知識と経験を積みながら、学生時代に描いた夢の続きを見られるチャンスを待っていたのだ。
その時が来たのは2017年のこと。起業を決意した恩師の相談を受けた豊田社長は事業計画の策定段階から関わり、2018年に創業メンバーとしてデジタルグリッドに参画した。
「デジタルグリッドに加わることに迷いはなかったですね。例えば、通信の世界は半導体の恩恵によって通信量がどんどん増え、アプリケーションも広がりました。電力の世界も、まさにそれに近いと思います。無限の再エネを電力として自由に使えるようになれば、モノづくりなども大きく変わるでしょう」
一方、会社は設立直後からシステムの開発資金の確保が課題で、2019年には倒産寸前の窮地に追い込まれた。それでも、豊田社長は仲間と資金繰りに奔走。同年7月、覚悟を決めて社長に就任した。
「国内での自給自足が可能な再エネの限界費用を低減できれば、電気代が無料に近づきます。これまで電力大手に頼ってきた電源もみんなのものになってきている中、電力調達の在り方は次の100年間に向けて確実にシフトする過渡期を迎えています。
その土台となるプラットフォームづくりを目指したのがデジタルグリッドで、資金が枯渇したときも『ここで終わるはずがない』と確信していました」
その言葉通り、豊田社長は2020年2月に日本初の民間による自由な電力取引市場「デジタルグリッドプラットフォーム(DGP)を立ち上げ、商用運営に乗り出す。
出来上がったばかりのプラットフォームを最初に使ってもらったのは、大学時代の共同研究に資金を拠出した企業。デジタルグリッドの株主でもある大手住宅メーカーの展示場だった。
「この住宅メーカーさんは住宅用の太陽光発電の普及に力を入れていることもあり、展示場で導入いただきました。プラットフォームが完成するまでは毎週の会議に出資者が参加できるようにもし、要件定義プロセスで耳の痛い意見も聞かせていただきました。DGPはまさに、お客様と共につくり上げてきたシステムです」
世界的なエネルギー価格の上昇で電気代が高騰する中、DGPの採択企業数は3年余りで約400社に増えた。大手グローバル企業を含めた約60社が事業パートナーとして出資しており、累計調達額は42億円に達する。需要家と発電家の直接取引を可能にした革新的なプラットフォームが、日本の電力取引の在り方を根底から変えようとしている。
電気代は自分でマネジメントする時代
豊田社長によると、DGPの強みは3つに大別できるという。まずは、AIによって自動化された需給管理。誰がいつどれだけ発電できるか、あるいはいつどれだけ消費するかという予測には大きな手間や費用がかかるが、DGPなら自分で予測する必要はない。
2つ目は、そうして予測した電気を相互融通するための複雑なマニュアルをシステム化したこと。これにより、どのエリアにどんな電源が来ても柔軟にトレードできる体制が整った。
とりわけ自信が伝わってきたのは、最後に挙げられた「リスク管理」という強みだ。確かに、いくらAIを駆使するとは言え、ユーザーの行動予測を100%的中させるのは難しい。しかし、豊田社長は「どんなお客様がどんな行動を取ったとしても、電力の市場や業界に精通するメンバーによってリスク管理ができる」と胸を張る。
経済産業省によると、2021年度に発電電力量2093億kWh、電源構成比20.3%だった再エネは、2030年度に3360億~3530億kWh、36~38%の導入目標が掲げられている。実現に向けてはさらなる再エネの導入拡大を推し進める必要があるが、電力取引に必要な機能をワンストップで提供するDGPの役割は大きいはずだ。
「DGPは誰もが自由に電力を売買できる場。この1、2年で電力も為替や金利のような市場連動型の商品であることが鮮明になっており、電気代は自分たちでマネジメントする時代がやって来ると思っています。DGPを通じ、そうした動きを手助けしていきたいですね」
持続可能なエネルギーインフラを支えたい
デジタルグリッドの将来ビジョンについて、豊田社長はこんな話をしてくれた。
「ゴールは、子どもたちの世代に他国に依存しないエネルギーシステムを残すこと。今はまだ、再エネの電源構成比を増やさなければならないフェーズですが、次の10年の課題は日中に生み出された電気をいかにうまく使いこなせるようにするか。
日本の再エネは太陽光に偏っており、昼間につくられた電気を使い切れていないという問題があります。それを解決する手段のひとつは、バッテリー技術かもしれません」
将来ビジョンには、まだ続きがある。
「その後の10年は、再エネだけでない第3のエネルギー源が必要になります。それが水素なのかアンモニアなのか、あるいは核融合なのかは分かりませんが、日本の持続可能なエネルギーインフラを支える打ち手になれるまで関わりたいですね」
デジタルグリッドが掲げているビジョンもまた、「エネルギー制約のない未来を次世代につなぐ」こと。再エネの先にある世界まで見据える豊田社長の姿勢に、DGPのさらなる成長の可能性が見えた。
◎プロフィール
豊田祐介
デジタルグリッド株式会社 代表取締役社長
2012年東京大学大学院工学系研究科修了(技術経営戦略学専攻/阿部研究室卒業生)後、ゴールド・マンサックス証券に入社。証券部門において為替・クレジット関連の金融商品組成・販売に従事し、戦略投資開発部においては主にメガソーラーの開発・投資業務に従事。
2016年よりプライベートエクイティ(PE)ファンドのインテグラルにおいて幅広いセクターにおいてPE投資業務を行い、2018年2月よりデジタルグリッド創業に参画。
2019年7月2日にデジタルグリッド株式会社代表取締役社長に就任。
◎企業概要
企業名:デジタルグリッド株式会社
設立:2017年10月16日
資本金:2,643,690,316円(2022年3月31日、資本準備金含む)
社員数:50名(2023年8月1日現在)
事業内容:電力及び環境価値取引プラットフォーム事業
本社:〒107-0052 東京都港区赤坂1-7-1 赤坂榎坂ビル3階