脳卒中当事者と健常者が「楽しい」を分かち合える場を作り、ともに楽しんだ結果として心のバリアフリー化を目指す脳卒中フェスティバル(以下、脳フェス)。
ボクシングのトレーニング中に脳卒中を発症した小林代表は、自身がリハビリを受けた際の経験をきっかけに理学療法士の道へ。
現在は理学療法士として活躍するかたわら、書籍の執筆や脳フェスのイベントを主催するなど多岐に渡る活動をしている。
脳卒中でも可能性は無限大!と感じてもらうために立ち上げた脳フェス。すべての人が一緒に喜び、楽しめる場である脳フェスへの想いを小林代表に伺った。
理学療法士になって感じた違和感から「脳卒中フェスティバル」を設立
脳卒中患者だった小林さんが理学療法士になられて、脳フェスを設立し活動しようと思ったきっかけは?
小林
理学療法士として働いていくうえで「医療者と患者」「健常者と障がい者」のような線引きに違和感を持ちました。
おそらく、障がい当事者に会ったことない方は、どうしても距離を置いてしまうと思うんです。
最初、日本脳卒中者友の会というNPOの事務局で働いていました。そのなかの脳卒中・循環器病対策基本法や障害者差別解消法についての取り組みは、すごく大事な活動です。
しかし、これだと溝はなくならない。
なぜなら、障がい者への差別を解消しようと声高に叫べば叫ぶほど、訴える側、訴えられる側の立場の違いから、結果的に障がい者と健常者の間に心の溝が生まれるからです。
じゃあ、脳卒中をフックにしてみんなが楽しめるような何かがあれば、そういう溝はなくなるんじゃないかなって。
それから、脳卒中でも可能性は無限大!「楽しい!をみんなへ。」の理念のもと、2017年からイベントを始めました。
小林
健常者と脳卒中当事者が一緒に喜び、楽しめる場。それが脳フェスです。楽しいポイントって一人ひとり違いますよね。
例えば、音楽や料理だったり、スポーツや美容だったり人それぞれです。ですので、いろいろやって、来た方が楽しいって感じてもらえたらいいですね。
2022年の脳フェスもたくさんのイベントを催しました。片麻痺ダンサーとドラマーのパフォーマンスや著名人とのトークショーのほか、最新モビリティの体験まで。
ほかにも「脳卒中になっても可能性は無限大!」を合言葉に活動しているSTROKERSのライブなど、すごく盛り上がりましたね。
小林
「楽しい」って、僕がすごく大切にしている価値観なんですよ。
元来飽きっぽい性格なので、楽しくなかったらやめてしまいます。「楽しい」を追求していくと、みんなが楽しいってどういうことだろうっていうのにつながるんですよね。
例えば脳フェスやります!って、僕らだけ楽しんでも「楽しい!を、みんなへ。」にはならない。
脳フェスに来てくれた方、協賛してくれた企業、会場を用意してくれた方、その方たち全員が「楽しい」ようにするにはどうしたらいいかっていうのを突き詰めて形にしています。
「楽しい!を、みんなへ。」っていう想いを大切にしていれば、変な方向には行かないだろうなって思っています。
脳卒中当事者に、押し付けない寄り添い方を追及する
小林
僕はずっとボクシングしていて、プロテスト直前に脳卒中で倒れたんです。退院して、リハビリを続けながらボクシング復帰を目指していたのですが、自分の可能性を信じてくれる方がいませんでした。
発症して1年くらい経ってから、自分が求めるトレーニングをしてくれるトレーナーに出会ったんです。
そのトレーナーに「僕、回復限度っていわれたんですよ」って自嘲気味に言ったら、普通に、本当に普通に「回復限度?そんなのないけどね」って返ってきて。僕のなかではすごい衝撃的でした。
その施設では、週6回、1日3時間くらいトレーニングを続けました。今思うと妄執的でしたよね。障がい者って思ってしまう自分を超えるには、プロボクサーになるしかないと思ったんですよね。
しかし、3年ほどリハビリをしてから、脳に障害があるとプロボクサーにはなれないことを知ったんです。そのとき、自分の右半身を嫌いになるかなと思ったのですが、逆にすっきりしたんです。
僕は自己効力感はそんなに高くないけれど、右半身はすごい頑張ったなと思っています。めちゃくちゃ頑張った右半身なのに、障がい者としてマイナスで見られるのが嫌でした。
じゃあ、自分がすごいと思っているこの右半身を強みに変えて、さらに当時の自分みたいな方に元気を与えられる仕事って何かな?って考えた結果、理学療法士になろうと。
障がいを持つと、小林さんのように前向きになれない方もいると思います。そういう方へアプローチして「楽しい」を伝える方法はあるのでしょうか?
小林
押し付けないっていうことですかね。強制されたら楽しくないじゃないですか?
例えば、僕が入院中に脳フェスを知ったとしても、全く響かないというか、むしろイラッとすると思います。
「あなたたちだからできてるんでしょう?」って感じだったと思うんですね。実際、そういう方もいらっしゃると思っています。
それはそれでいいと思っていて。ただ「楽しい!を、みんなへ。」の理念さえブレずに僕らが持ち続け、楽しい場所だけは残しておけば、その方が何かのきっかけで僕らの円に近づくかもしれない。
楽しそうだなって思ってこっちに来てくれるかもしれない。だから、押し付けずに、障がいがあってなくても楽しんでいる人達がいるんだよっていうのを発信していきたいですね。
経験したからこそ、脳卒中当事者に押し付けない姿勢でいられるのですね。
小林
僕は、障がい当事者は新月と同じだと思うんです。新月って一見何もみえなくて真っ暗じゃないですか。でも、太陽みたいな仲間がいて、自分でどうにかこうにか動き出すと、少しずつ光が見えてきます。
光を感じると、またちょっと動きだせる。そうしているうちにどんどん自分が輝いていくと思うんです。そして次にその光は、ほかの誰かを照らすものに変わっていく。
重度の障がいを持った友達を思うと、新月っぽいなって。友達や仲間がいなければずっと真っ暗ですけど、実は光が内在しているっていうのを感じます。
すべては結果。脳フェスの未来構想や方向性はない
脳フェスの代表として、次のステップや脳フェスの未来構想にどういったものがあるのか教えてもらえますか?
小林
これがですね、僕にははっきりとはないんです。ただ、障がい者と健常者の垣根をなくしてグラデーションの世界になったらいいなとは思います。
完全に垣根がなくなるのは無理かもしれない。でも、グラデーションになるんじゃないかとは思いますね。
それに近づくといいなぁっていうイベントがあって、2023年8月4日に青森県の五所川原立佞武多(ごしょがわらたちねぷた)に参加します。
去年の脳フェスで制作した山車を完成させ、ねぷた祭りの様子をYouTubeの脳フェスチャンネルで生配信する予定です。
また、同年10月29日には、錦糸町マルイとコラボする脳フェスに、僕らが作った6mくらいある立佞武多(たちねぷた)を展示するので、たくさんの方に見に来て欲しいですね。
今後も企業や自治体とコラボしていくお考えだと思うのですが、一市民とか一人間に対して小林さんが伝えたいメッセージはありますか?
小林
僕は、こういうふうに思ってもらおうとか、思ってもらいたいとかないんですよ。結果的に何か感じ取ってもらえたらいいよねって思っているだけです。
脳フェスに来て、結果的に楽しめた、だからもっと外に出ようとか、可能性は無限大だねって感じてもらいたいだけで、言葉で伝えたいメッセージはないです。
「可能性は無限大」があるからこそ、メッセージがないということでしょうか?
小林
要は、メッセージ性があることによって、そこに寄せてしまいたくないんです。
来てくれた方たちに、いろんな可能性があるんだなって感じて欲しい。だから、脳フェスは主催するけど方向性みたいなものはなくて、ただ来て「楽しい」を感じてくれたらと思います。
僕は「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」っていうことわざが好きなんです。水を飲むかどうかは馬次第、来てくれた方がどう感じるかはその方次第じゃないかなと。
脳卒中になったから可能性はないって思っている方がいるとしたら、脳フェスという水辺を用意しています。来られた方が何か感じ取って水を飲むかどうかは、その方が決めたらいい。
僕は「何かを感じたらやってみたらいいんじゃない?そしたら楽しいと思いますよ」みたいな姿勢ですね。
◎団体概要
団体名:一般社団法人脳フェス実行委員会
URL:https://noufes.com/
代表:小林 純也
所在地:〒271-0091千葉県松戸市本町17-11芹澤ビル6F
目的:
この法人は,脳卒中経験者の自己効力感を高め、自身の可能性を感じ、社会参加を促し、健常者にも脳卒中経験者と様々な活動を協力して行い、ともに楽しんだ結果として、心のバリアフリー化を目指すことを目的とする。
◎プロフィール
小林 純也
一般社団法人脳フェス実行委員会 代表
2013年~ 旭神経内科リハビリテーション病院 入職
2017年~ 脳卒中フェスティバル 代表就任
2018年~ 一般社団法人 脳フェス実行委員会 設立/代表理事就任
2022年 映画『ファーストミッション』共同制作
<書籍>
小林純也 著(2017)脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい、本当のこと 三輪書店
冨田昌夫/小林純也 著(2021)患者さんの主観的体感とリハ治療 三輪書店
小林純也 原作(2022)絵本『タグすけ』 キッズチューブ出版