四国徳島の僅か人6,300人ほどの漁村に、海外からも注目されている会社がある。地方へのベンチャー企業誘致などを通じて地域振興をはかる株式会社あわえだ。同社が目指す地方創生は、地方と企業双方の悩みを解決する可能性を秘めている。
経営の悩みを、美波町で解決
太平洋に面した四国海部郡美波町。アカウミガメの産卵地として知られるこの漁村にある株式会社あわえは、地方に企業誘致などをコンサルティングする会社だ。
この町で生まれたという吉田基晴代表に、まずこの町で仕事をすることになった経緯から尋ねた。
「東京で2003年にサイファー・テックという会社を立ち上げ、そこで暗号技術を利用した情報セキュリティソフトの開発販売に取り組みました。多くの情報がデジタルで流通する今の時代には重要な事業ですが、開発には高度スキル人材を必要とするため、採用にはいつも苦労していました。社員を増やすことが何年もできず、採用倒産なんて言葉も頭をよぎりましたよ」
そんな時東日本大震災が起こり、世間では東京で働き続けることを疑問視するような風潮が生まれてきた。
「そこで、自分の生まれ故郷の徳島県美波町にサテライトオフィスを作り、そこで採用も始めたんです。2012年の5月のことでした」(吉田代表)
徳島県を選んだのにはもう1つ理由があった。徳島は全国に先駆けて、地域の隅々まで光回線が引かれており、ITの仕事をするのにはうってつけだったのだ。
海や山が近く、余暇にはサーフィンやキャンプを楽しめる。そんな環境の中で社員にプログラミングをしてもらおう、と考えた吉田代表の思惑は見事に当たり、徳島の魅力に惹かれた人の採用が進みスタッフは東京にいた時の3倍にも増えた。
「何より嬉しかったのが、地元の人たちが喜んでくれたことですね。職場体験で学生が来たり、当社社員が出前授業に行って中学生にパワーポイントを教えたり。私自身は会社の経営課題の解決のためにオフィスを作っただけなのですが(笑い)」
しかし結果、会社の業績も上がり、社員のワークライフバランスも向上もした。「経営の悩みが田舎で解決できた」と吉田代表は言う。
「これはいい、と思いサイファー・テックの本社も徳島に移してしまったのが翌2013年。そして『こういう気づきをもっと多く人に伝えよう』として設立したのが株式会社あわえなんです」
人がいい、食べ物が美味しい なんて話はいらない
「あわえ」という名前は地元の方言で「裏路地」を意味するという。実際、明治時代の古銭湯を改築したという社屋の周りは「あわえ」だらけだ。
「今、政府も地方創生を進めていることもあり、その好事例としてよく取り上げられます。担当大臣と講演でご一緒することもありますし、メディアに取り上げて頂くことも多いですね」
そう話す吉田代表に、地方への企業誘致の問題について伺った。
「地方には過疎化や産業衰退などの問題がありますが、1つ言えるのが、地域にはビジネスチャンスも役目もたくさんあるのに、担う若者が極端に少なくなってしまっていることですね」
地方創生は、第2次安倍内閣で掲げられた主要政策の1つだが、その内容は過疎対策や女性の雇用などまで多岐に渡る。しかし交付金のバラマキ、ノウハウが分からず成果をあげられない地方の役所に批判が集まるなど、現状は厳しい。
地方の役所の広報に行けば、企業誘致のチラシやポスターが貼ってある。しかし、そこで働いている人は「どうしたら企業が来てくれるのか」と悩んでいるケースが多いのが実態、と吉田代表は言う。
「積極的に情報を発信し、企業がそこで仕事をすると何のメリットがあるのか、が伝えられていない。しかも行政の担当者の考えと実際の地元の人々が求めていることに開きがある場合もある」
だから、まずは地域の持っているヒト・モノ・カネを見直し、持っているチカラを再発見する。そして、それを外に発信し多くの企業人の目に触れるようにする。
「取り敢えず一度来て頂いて、なんて役場の広報は言いますが、その一度来させるためにどうするかをもっと真剣に考えなければならない」
あわえは他に、誘致後の企業の空家探しから、インターンなどを用いた地域での人材育成などまで多様な業務も行い、今まで動かなかった地域を揺り動かそうとしている。
「ここ数年で美波町に20社以上ものサテライトオフィスや新規創業企業が進出しています。『うちの町は人がいい、景色がいい、メシが美味い、酒が美味い』なんて地方ではよく聞く話です。それはそれで素敵だけれど、そんなことだけでは企業は動かない。寧ろウチにはこんな強みがあるがそれを御社でさらに活かさないか、またウチにはこんな課題がある、それを御社で解決できないか、と企業に問うてもらいたい。そうすることで、双方に有益なコラボが生まれてくると思います」
東京と比べて地方は不幸?
吉田代表が忘れられない話として、こんな話をしてくれた。
「サイファー・テックがこちらで仕事をし始めたころ、美波町の中学校の先生から聞かされた話です。その先生が担任する10人にも満たないクラスの子たちが『ここにはユニクロもない、芸能人もいない。この町に生まれた時点でハンディキャップだ』と言っている。彼らは会ったこともない東京の子たちと自分を比べて、自分たちは不幸だと思っている、と言うんです」
それを聞いた吉田代表はショックを受けた。自分が今まで信じてきた「ITや情報流通を広めることで世界は幸せになる、豊かになる」という考えに冷水を浴びせられることだったからだ。
「今この町で育っている自分の子どもも、同じように東京に劣等感を持って育っていくのかと頭を過りました。それで、だったらここにカッコいい、子どもの憧れになる大人がいればいい、と思ったんです。
いつも釣竿持って笑っていて、お祭りの時には最前線で神輿を担いでいるのに、仕事は抜群でしっかり収入を貰っている、なんて大人が近くにいたらカッコいいじゃないですか。そういう大人が地域にいることで、子ども達はそんな劣等感に苛まれることはなくなるんじゃないか、と思うんです。
ここにだって東京には無いイイところが沢山ある! カッコいい大人がたくさんいる! そう思ってもらえることが子どもだけでなく大人も、そして地域全体の活力にもなっていく。そう考えてあわえを作ったんです」
田舎から飛び立つのは往復チケットで!
「地方の問題は徳島の問題だけでなく、まして日本の問題だけでもない。今は世界でも問題になっている」という吉田代表。現に今までに中国やフィリピンなど、経済成長著しい国のシンクタンクが美波町に取材に来たという。
「経済が成長すれば、人は都市に集中し始め、地方は過疎化する。それは世界共通の問題です。だから私たちの事業は、あらゆるところで再現性があり、ポイントを掴めばどこでも応用ができる」
個々の問題に場当たり的に取り組むのではなく、問題を抽象化して対処していける人材が地方ではこれから必要になってくる。ファイナンスや情報流通の知識を持っている人材が、地域で新しいマーケットを創造していく、これからはそれが地方創生だ、と吉田代表は語る。
「私たちの事業を見て、あわえに入りたいと言ってくれる地元の子どもがいるんです。そういう子ども達が、他の地域でも増えていって、一度は高等教育を受けるために都市部に巣立っていくんですが、知識を身に付けたら再び生まれ故郷に帰ってきて、地元で仕事を、しかもしっかり稼げるようになればいい。そういうチャンスは都市にはなく、寧ろ地方に眠っていると思います。地方は学びとビジネスチャンスの宝庫なんですよ」
吉田代表の語られた「故郷から都市へは往復チケットで」という言葉に、地方に眠る成長の可能性が感じられた。
◎プロフィール
吉田基晴(よしだ・もとはる)氏
1971年徳島県海部群美波町生まれ。株式会社ジャストシステム、ベンチャー企業勤務を経て2003年にサイファー・テック株式会社を設立。 仕事と暮らしを両立する「半X半IT(Xは個人の趣味)」を掲げ、2012年徳島県美波町にサテライトオフィス「美波Lab」を開設、2013年に本社を美波町に移転。
2013年6月、地方の暮らしの中で感じた地域課題をビジネスの力で解決したいという思いから、パブリックベンチャーの株式会社あわえを設立。同代表取締役。「日本の地方を元気にする」ことを目指し、サテライトオフィス誘致やベンチャー創業を軸とした地域振興事業に取り組む。
2021年4月、地域の継続的な発展には次世代育成が必要との思いから、全国の地域を舞台に新たな教育づくりに挑む一般社団法人ミライの学校を設立。同年、森林関係人口を軸にした地域づくりにも着手すべく株式会社四国の右下木の会社を設立。
株式会社あわえ
http://www.awae.co.jp/
・美波町本社
〒779-2304徳島県海部郡美波町日和佐浦114
TEL:0884-70-5831
・東京オフィス
〒162-0825 東京都新宿区神楽坂6丁目46番地ローベル神楽坂ビル9F
TEL:03-3266-5910
・八女オフィス
福岡県八女市黒木町今544
TEL:050-5472-0702
・古賀オフィス
福岡県古賀市薬王寺95
TEL:050-5472-0890
※本記事は、株式会社Sacco運営のメディア、BIGLIFE21で2017年8月に掲載した記事を再構成して転載したものです。