
魚のアラを肥料に変え、その土で育った米で酒を醸す。鈴廣かまぼこが2004年から提唱する「食の資源循環」が、2026年春、ひとつの到達点を迎えた。地元の農家や酒蔵と手を取り合い、小田原の風土を液体に封じ込めた新酒の物語を追う。
かまぼこ屋が「酒」を売る本当の理由
小田原の老舗、鈴廣かまぼこが今年も世間を驚かせる一献を世に送り出す。2026年3月14日に解禁される「海と大地」の新酒だ。
「なぜ、かまぼこ屋が日本酒を?」
そんな疑問を抱く向きも多いだろう。だが、この一本の瓶に詰められているのは、単なるブランド品としての酒ではない。それは、捨てられるはずだった「魚のアラ」が、大地の恵みへと姿を変えた、執念の資源循環の物語なのだ。
今年の仕上がりは、例年とは一線を画す。これまでの造りを根底から見直し、より米の力をダイレクトに感じさせる「純米原酒」へと舵を切った。原料は、鈴廣の自社工場から出た魚肥で育てられた地元産「キヌヒカリ」100%。本来は食卓に並ぶはずの食用米を、あえて酒へと昇華させる試みが、今、最高潮を迎えている。
廃棄物という名の「黄金」が土を抱く
「海と大地」が他社の地域ブランド酒と決定的に違うのは、その圧倒的な「循環の深さ」だ。多くの企業が環境保全を口にするが、鈴廣は自社の製造工程で出る副産物を、自ら土に還すところから始めている。
かまぼこ作りには膨大な量の魚が使われるが、その過程で出るアラは、普通なら「ゴミ」として処理される。しかし、鈴廣はこれを「海からの宝物」と捉え直した。2004年から魚肥の開発に乗り出し、地域の農家に提供し続けてきたのだ。
「魚肥を使うと、米の旨みと香りが格段に良くなる」
古くから小田原に伝わるそんな知恵を、現代のビジネスとして再構築した。この肥料で育った米を買い取り、地元の酒蔵が醸し、鈴廣の店でかまぼこと共に売る。外部の理論に頼らない、小田原の海と大地、そして人の手だけで完結する鮮やかなループがそこにはある。
醸造家をも唸らせた「純米原酒」の衝撃
「今までの『海と大地』とは、まったく違う表情に出会えるはずです」
そう語るのは、醸造を担った井上酒造の杜氏、内山氏だ。 食用米であるキヌヒカリは、本来、酒造りには不向きとされる。粘りがあり、扱いが難しいからだ。だが今年は、精米歩合をあえて65%に留めることで、米の生命力を酒の中に閉じ込めることに成功した。
特筆すべきは、加水を一切行わない原酒でありながら、アルコール度数を15度に抑えた絶妙な設計だ。一口含めば、低温仕込みによるクリアな透明感が喉を通り、その後にキヌヒカリ特有のふくよかな輪郭がじわりと広がる。
「海を感じたい日はグラス、大地を感じたい日は陶器で」
そんな内山氏の言葉は、この酒が単なる飲料ではなく、小田原の風土そのものであることを物語っている。
老舗が教える「自分事」としての持続可能性
この一本から学べるのは、持続可能性とは決して慈善活動ではないということだ。それは自らの足元にある「無駄」を「価値」へと反転させる、攻めの経営戦略に他ならない。
鈴廣は廃棄物というコストを、肥料という資産に変え、それを地域コミュニティとの絆を強める最強のツールへと進化させた。農家、酒蔵、そして消費者。この循環に関わる全員が「小田原の自然を守る」という目的を共有する同志となっている。
自社の強みを地域の課題にぶつけ、誰もが納得する物語として完結させる力。グラスに注がれた「海と大地」の輝きは、効率ばかりを追い求める現代のビジネスシーンに対し、商いの原点とは何かを静かに、しかし力強く問いかけている。



