~「サステナビリティはアクティビストの盾にならない」~

世界最大の資産運用会社であるブラックロックにて、年間100件以上の企業との対話(エンゲージメント)を主導してきた藤澤正路氏。同氏は2024年5月、あえて投資家側から企業を支援する側へと転身し、株式会社レクタスパートナーズを設立した。
現在、同社はアクティビスト(物言う株主)対応やサステナビリティ戦略、統合報告書の制作支援において独自の位置を築き、多くの大手企業から頼られる存在となっている。
生態学の研究やイカの鮮度保持特許の取得という異色のバックグラウンドを持つ藤澤氏は、なぜ金融の世界へ飛び込み、独立を決意したのか。日本企業のガバナンスの現在地から、生成AI時代を生き抜くための適者生存の法則まで、その独自の視点に迫った。
真の投資家目線と「利益相反」の排除でアクティビストと対峙する
――藤澤さんは現在、レクタスパートナーズの代表として企業支援を行われていますが、具体的にどのようなご相談が多いのでしょうか。

藤澤 正路 氏(以下、藤澤): 現在の支援領域は、大きく分けて2つあります。アクティビスト対応(防衛)や社外取締役の方々への個別アドバイスを含む「コーポレートガバナンス」と統合報告書の制作や戦略立案を含む「サステナビリティ・非財務情報開示」の支援です。
――アクティビスト対応において、企業が数ある大手IRコンサルティング会社や証券会社などではなく、藤澤さんを選ぶ理由(競争優位性)はどこにあるとお考えですか。
藤澤: 最大の理由は、利益相反リスクが極めて低いこと、そして長期視点の投資家としてのリアルな現場経験があることの2点に尽きると思います。
実は、アクティビスト防衛コンサルの多くは証券会社・信託銀行出身者か、IRコンサルしか経験のない人たちです。ここには構造的な問題があります。例えば証券会社はディール(取引)ベースでの手数料収入が非常に大きいため、無意識のうちにディールを成立させようとするバイアスがかかります。信託銀行は、自社が得意な「取締役会実効性評価」などの定型的なサービスに収れんしがちであり、本質的なポイントを見落とす可能性があります。さらに、現在多くの大手IRコンサルはアクティビスト側の支援も行っており、利益相反のリスクが非常に高い状態にあります。
私はアクティビスト側の支援は行わず、資本関係も完全に独立しています。そして何より、ブラックロックでの経験から投資家のロジックを一次情報として肌で知っています。長期投資家でさえ許容できないレベルの課題と、少数派しか要求していない課題との間に、明確に線を引くことができる。これが、経営陣や社外取締役の方々に信頼していただける理由だと考えています。
――近年、アクティビストのターゲットになりやすい企業にはどのような特徴があるのでしょうか。サステナビリティへの積極的な取り組みは、攻撃に対する「盾」になり得ますか?
藤澤: まず結論から言うと、サステナビリティはアクティビストに対する盾にはなりません。むしろここ数年、サステナビリティ活動が行き過ぎてしまった企業、つまり長期的なESG視点に経営が偏りすぎた企業が、逆にアクティビストの標的になるケースが世界中で増えています。
例えば、2021年にダノンではROEが不十分であることを指摘されエマニュエル・ファベール氏(現ISSBトップ)が解任されましたし、日本でも2026年に花王が役員の長期インセンティブの40%をサステナビリティに連動させていた点をアクティビストキャンペーンで指摘されています(通常は10%以下)。
現在アクティビストが狙うのは、エグジット(出口)プランが明確な企業、そして株主構成から見て、攻撃すれば勝てると予測できる企業です。日本のアクティビストは10%を優に超える株式を積極的に買い集める傾向があり、これは後で売り抜けるのが難しくなりがちです。そのため、同業他社への売却や非公開化してファンドに買い取らせるといった、どう決着をつけるかのシナリオが描きやすい企業がターゲットになりやすいのです。また、株主構成から判断して数百億円投資すれば確実に勝てるという計算が立ちやすい企業も狙われます。シングルマテリアリティ(自社への財務的影響)の観点を欠き、長期視点に偏りすぎることは、逆にこうした隙を生む原因になり得ます。
バズワードに飛びつく企業は「イエローカード」
――サステナビリティが企業価値に結びついている企業と、単なる形式になっている企業の違いはどこにあるとお考えですか。
藤澤: サステナビリティ活動は、必ずしも壮大な社会変革である必要はありません。実は、企業のサステナビリティ課題の7、8割は、その企業にとって昔から存在していたものなのです。例えば、製造業が工場排水の環境影響に配慮したり、ゴムメーカーがサプライチェーンの人権リスクや生態系のリスクに配慮することは、ずっと前からやってて当たり前のことだったはずです。
ですから、情報開示において人権、脱炭素、生物多様性といったここ数年のバズワードをただ散りばめているだけの企業は、大きくイエローカードを出しているようなものだと思います。トレンドにただ飛びつくのではなく、自社にとって根本的に何が必要かを適切に把握している企業こそが、サステナビリティを真の企業価値向上に貢献させることができます。
統合報告書の「無駄」を省き、投資家が本当に読む部分にリソースを
――そうした本質的な視点は、情報開示(統合報告書など)にも影響しそうですね。日本企業が陥りがちな課題は何でしょうか。
藤澤: 開示におけるリソースの配分が間違っている企業が非常に多いですね。例えば、統合報告書の開示には網羅性が求められる領域と、深さが求められる領域があります。しかし多くの企業は、網羅性だけが求められる領域を深く掘り下げ、本当に深さが求められる領域を適当に済ませてしまっています。
――具体的には、どの部分の深掘りが足りていないのでしょうか。
藤澤: 投資家が重視するのは、トップマネジメントのメッセージや、社外取締役の実効性を示す定性的な情報、そして事業環境や経営計画の解像度です。
よく見かけるのが、価値創造プロセスを綺麗な1ページにまとめることに膨大な労力とコストを注ぎ込んで満足してしまい、その裏づけとなる事業戦略や外部環境の分析が薄いケースです。価値創造プロセス図はあくまでサマリー(要約)に過ぎません。
また、環境問題が経営に深刻な影響を与えないようなテック企業やゲーム会社が、温室効果ガスのページに二桁ページも割くのは明らかに間違いです。本業との関連性の低いCSR活動の報告を削り、投資家が本当に読みたい部分へリソース配分を変えるだけでも開示の質は劇的に改善します。
ブラックロック時代の葛藤。「1時間の対話」では企業は変わらない
――そうした投資家目線の鋭いアドバイスは、ブラックロックでのご経験がベースにあると思います。そもそも、なぜ投資家側を離れ、企業側を支援するビジネスを立ち上げようと思われたのでしょうか。
藤澤: ブラックロックに在籍して2年ほど経った頃、企業は外からいくら言っても、時間が経つだけでは変わらないという強い課題意識を抱いたのがきっかけです。
私の所属したチームは年間約500件、私個人でも100〜150件ほどの企業対話を行っていました。投資家目線で直接経営陣に課題を共有し、経営陣の示唆に富むコメントをいただける素晴らしい仕事でしたが、根本的に「スピード感」が圧倒的に足りなかったんです。
私たちが1時間のミーティングで課題を伝えても、企業がすぐにそれを消化し、アクションに結びつけるわけではありません。その1時間のミーティングを半年に1回、あるいは1年に1回というペースで何年も繰り返さないと、企業は本当の意味では動かない。変化の激しいこの時代に、それがボトルネックになってはいけないと強く感じました。
――日本経済に対するマクロな視点での危機感もあったとお聞きしました。
藤澤: はい。私は現在37歳ですが、物心ついてから日本が力強く成長している姿を見たことがありません。日本の歴史を振り返ると、明治維新から日露戦争まで国際的にも大きく存在感を増し、敗戦までの数十年で凋落。その後バブル期までの40年間成長し、現在は30年以上に及ぶの衰退の局面にあります。
この40年成長して30年衰退するサイクルを再び上昇局面に転換させるためには、資本主義の力をもっと有効に活用すべきです。投資家として外から文句を言うだけでは無責任かもしれない。企業の内部に入り込み、現場の意思決定者を効果的にプッシュし、改善活動に伴走できるプレイヤーになろうと考え、独立を決意しました。
生態学の研究から得た「適者生存」の哲学と、極端な環境思想への違和感
――「企業の内側から変革を促す」という現在のアプローチですが、藤澤さんのご経歴を拝見すると、金融一筋ではなく、元々は「生態学」を学ばれていたという非常に異色のバックグラウンドをお持ちですね。

藤澤: ええ。純粋な好奇心から北海道大学の水産学部を選び、生態学を学びました。水産の分野は天然資源に依存しているため、サステナビリティという概念に対する理解度が非常に高い環境でした。そこで、獲れる資源の量が限られているなら付加価値を高めようと考え、イカの鮮度を保つ(活き締め)方法を研究して特許を取得したりもしました。
その後、より広い視野でサステナビリティを研究するためにイギリスの大学院へ留学したのですが、ここで大きな転機がありました。
――イギリスで何があったのでしょうか?
藤澤: イギリスで出会った環境保護を学ぶ同級生たちの多くが、いわゆる極端な環境至上主義者だったんです。生態系を維持するために「何十億人もの人間を間引く(淘汰する)必要がある」と平気で口にする。当然、その間引かれる数の中に自分たちは入っていないわけです。
私はその思想がどうしても腑に落ちませんでした。環境保護の究極的な目的の一つは「人間が生き残ること」です。経済合理性や人間の営みを無視して理想だけを語っても意味がない。物事を単一的な視点だけで判断してはいけないと強く感じました。
環境(E)だけを学ぶのはバランスが悪い。社会(S)とガバナンス(G)のバランスを常に考慮しなければならないと痛感し、ガバナンス・リスクコンサルティングの世界へ進み、その後PwCを経てブラックロックへ入社しました。
「分析コスト」を下げるAI活用と、変化を恐れない組織へ
――生態学の視点、金融の視点、そして企業のリアルな内部構造。すべてを見てきた藤澤さんから、最後に生成AI時代を迎える経営陣やサステナビリティ担当者へ向けたメッセージをお願いします。
藤澤: 私は生態学を学んだ人間として、「適者生存」こそが自然の掟だと信じています。
実際の生き物は交配や多様性を通じて何世代もかけて環境に適応しますが、現代の人間社会では、一つの世代の間にITや生成AIのような巨大なパラダイムシフトが何度も起こります。これに適応できなければ、企業は生き残れません。
現在、私は生成AIを活用して統合報告書の制作プロセスの効率化などに積極的に取り組んでいますが、AIの登場により、もはや人が情報を囲い込むだけのビジネスは通用しなくなります。これからの時代は、データそのものではなく、ユーザーの「分析コストをいかに下げるか」に付加価値が移っていくでしょう。
――歴史を振り返っても、長く生き残っている老舗企業は、危機に直面した際に事業モデルを大きく変えてでも環境に適応してきたという事実があります。これから劇的な変化が訪れる中で、企業はどうあるべきでしょうか。
藤澤: おっしゃる通り、生き残るためにはドラスティックな変化もいとわない覚悟が必要です。しかし、組織や企業というものは、放っておくと本質的に内向きになり、楽な方へ流れて業界内や内輪のことばかりに目を向ける性質を持っています。個人の生活で言えば、家に閉じこもってスマホを眺めている状態と同じです。
だからこそ、常に外部のステークホルダーとコミュニケーションを取り、変化を認識・分析し、それに適応していくことを当たり前の行動として組織に根付かせる必要があります。サステナビリティ経営の本質も、まさにそこにあると私は考えています。



