「発想を豊かに、自由にいろんなことにチャレンジして」。新潟市立高志中等教育学校の元校長の上野昌弘さんは、子どもたちにこう呼びかけます。
「人との出会いから生まれる問いや感動を、人に伝えて分かち合うことが、私の『わくわくエンジン®』」と話す上野さんは、キーパーソン21との関わりを通して新潟の学校教育を開かれたものにしたいと願っています。
子どもたちがのびのびと学べる教育を希求する上野さんに、学校教育に携わる中で感じる課題、子どもたちの「わくわくエンジン」を引き出すことで広がる可能性、キーパーソン21と繋がることで生まれた変化、今後の展望などを伺いました。
キーパーソン21との出会いで実現した「生徒が主役」の教育
まずは上野さんのお仕事内容やこれまでのご経歴についてお聞かせください。
上野
私は現在、新潟市立総合教育センターで指導主事として若手教員の研修や大学・大学院と連携した講座開設・運営などを担当しています。
これまでの職歴としては、主に中学校の教員として勤めてきました。
その後、県教育委員会や新潟市内の中学校校長を経て、定年前の2018年4月~2022年3月までの4年間は、新潟市立高志中等教育学校(以下、高志中等)という公立中高一貫校で校長をしておりました。
全国の中等教育学校の中でも、中学校籍の校長はわりに珍しいようです。
中学校教育に長年携わってきた身としては、高校教育にあたる後期中等教育に関わることで様々な刺激を受けましたし、思うところもありました。
そんな中、保護者の紹介で特定非営利活動法人キーパーソン21(http://www.keyperson21.org/)の代表・朝山あつこさんとの出会いがあり、キーパーソン21との関わりを深めてきました。
具体的には、教育現場でどのようなことをお感じになってキーパーソン21に繋がっていったのですか?
上野
キーパーソン21の取り組みは、子どもの「わくわくエンジン®を引き出す」ことですから、子どもが主役です。
ところが学校では何が起きているかというと、こちら側から情報やスキルを与える教育になってしまっている。
とりわけ高校教育では、出口指導に比重が偏りがちです。高志中等は進学校でしたから、端的に言うと大学進学ですね。
とはいえ、高志中等にしても中学校にしても、おそらく全教員が「子どもが主役」、「子どものことを考えて」という想いを持っていると思うんです。
ただ、現実問題として業務が忙しすぎる。40人ほどのクラスの中には、心配な子や困難な状況、課題を抱えた子もいます。
40人一人ひとりの内面に目を向けて丁寧に引き出すというところまで、どうしても手が回らないのです。
「子どもが主役」を実践しようとすると、多忙な業務の中でも具体的にどうやって子どもの原動力を引き出すか、その方法を確立する必要があります。
その点、キーパーソン21は、多くの実践の中からかなり明確な方法を確立されています。
「夢!自分!発見プログラム」や「わくわくエンジンEXPO」など、自分自身を振り返ったり外部とつながったりできる機会をつくっていただいています。
面白いことにキーパーソン21は、子ども向けワークショップを実施するに先立ち、教員向けにも「わくわくエンジン®」を引き出すワークショップを行うのです。
学校現場は多忙ということもあり、新しいことや外部から取り入れる取り組みなどに対して抵抗が強く、コロナ禍も相まって難しい面もありました。
しかしワークショップを経て、最初は斜に構えていた教員も、多かれ少なかれ「これはいいな」と感じたようです。
「わくわくエンジン®」を広めて閉鎖的な教育行政に風穴をあけたい
まずは先生方が自分の原動力を振り返るところから始まるのですね。
上野さんは、キーパーソン21の他にも新潟市教育委員会、新潟ニュービジネス協議会、一般社団法人新潟市ユネスコ協会などとも広くネットワークをお持ちです。これらを繋げることにも注力されていますね。
上野
2019年頃に始めた「土曜活用」をきっかけに、2021年4月に新潟市高等学校等教育コンソーシアム(以下、コンソーシアム)が立ち上がりました。
2022年度からは、キーパーソン21にも参画して頂いています。なぜキーパーソン21に加わって頂いたかというと、ひとつは、「わくわくエンジン®」を広めていきたいから。
どの段階にある子どもにとっても、あるいは大人にとっても、「自分のわくわくエンジン®は何だろう」と考え、内的な原動力を大切にすることは、学ぶ上で必要不可欠なスタンスだと思います。
ぜひ多くの学校に経験してもらいたいです。
もうひとつは、閉鎖的な教育行政を少しずつでも開かれたものにしていきたいからです。昨今、教育行政はより杓子定規になり、現場は窮屈さを強いられています。
本来であれば子どもたちがのびのびと自由に学び育っていけるような場を、教員たちが作っていかなければならないのに、窮屈な環境下ではそんなことはままならない。
学校はもっと開かれていくべきだし、企業、大学、NPO、行政も含め、もっと積極的に関わる必要があると思います。
よく「教育は学校だけでなく地域でするものだ」と言いますが、「地域」って実は曖昧な概念です。小学校だと校区のようなものが地域だけれど、高校になると校区はない。
「それじゃあ地域って何?」と問うたときに、やはり自分の住んでいる市や町あるいは日本だって、視点を広げると地域になりますよね。
そういう意味では、自分と関わっているあらゆる世界や社会を「地域」と実感できるような枠組みを作っていきたい。そしてその中核にあるのは、やっぱり人だと思うんです。
子どもたちがいろいろな人と関わることで、まさに「地域」という概念を獲得していく。そのための繋がりをつくって頂けるという意味でも、キーパーソン21に加わって頂きました。
「子どもたちのマニアックな好奇心って、とてつもない」
キーパーソン21の参画が、開かれた教育への突破口になりそうですね。コンソーシアムのきっかけになった「土曜活用」とは、どのようなものなのですか?
上野
高志中等の生徒に様々な出会いや授業では得られない学びの機会を保障しようと、土曜日に行っていた補充授業を減らして「土曜活用」事業を始めました。
どんな事業かというと、大学教授や会社経営者、NPOの方々など、実社会の第一線で活躍している方々に特別講座を開いてもらうというものです。
「中学生、高校生に伝えたいことはありませんか?」と投げかけて、「こういうことを伝えたい」、「こういうテーマなら話せるよ」と手を挙げてくれた方々をお呼びして、講義をして頂きます。
毎回だいたい10~15講座を同時に開いて、年間10回程度開催します。子どもたちは興味のある講座を選んで受講します。「君たちが行きたいところに行きなさい。
休みの日だから、休んだっていいよ」というスタンスで、自由に選んでもらいます。
講座の内容は、福祉から農業、経済、国際関係まで、多岐にわたります。しかもかなり専門的。大学の先生には、「中学生だから、高校生だからと手加減しないでください。
大学生と同じ授業で大丈夫です」とお伝えしてあります。子どもの興味関心の深さや、知りたいことに対するマニアックな好奇心って、とてつもないですから。
そんな子どもたちの問いに、土曜活用の講師の皆さんは正対して応えてくれます。
上野
例えば、新潟工業短期大学の先生が「エンジン」をテーマに開いた講座がありました。教室にエンジンを持ち込んで、分解したり動かしたりしながら学ぶ講座です。
これに、ある女子生徒が参加しまして、実はその子は車マニアだったんです。専門の先生が舌を巻くぐらいエンジンに詳しくて、先生も驚いておられました。
また、新潟青陵大学で東アジアの経済学を専門にされている中国人の孫先生に、「中国経済外交の動向から世界経済の潮流を読み解く」というテーマでお話頂いたこともありました。
難しいタイトルだから「生徒は集まるかな?」と見ていたら、5、6人が出席していました。講座時間はだいたい9時半から11時までの1時間半なのですが、孫先生が11時を過ぎても戻ってこない。
12時近くになってようやく戻られたところ、なんと先生のあとを子どもたちがぞろぞろくっついて来て、質問を続けているんです!
ただでさえ忙しい中高生が、貴重な土曜日の時間を使って講義を受けているわけですから、本気なんですよね。
講師の方々には交通費くらいしかお渡しできないのですが、それでも皆さんほぼ100%、「やって良かった」と言ってくださいます。
子どもたちの「知りたい」、「学びたい」という気持ちをどんどん盛り上げてくれるので、本当にありがたいです。
マルバツ主義に追い立てられる子どもたちと“正解”のない現実世界
土曜活用も、「わくわくエンジン®」に通じるものがありますね。
上野
そのとおりです。「わくわくエンジン®」は、正しいか間違っているかとは関係なく、自分自身の興味関心から湧き上がる原動力です。
一方、今の子どもたちを取り巻く教育は「間違うことは悪、正しいことが正義」と、マルバツ主義に陥っています。現実世界では何が「正しいこと」なのか分からないことが山ほどあるのに。
高志中等の校長時代、校長室に2人の女子生徒が相談に来ました。「ウクライナ問題について非常に心を痛めている。
何かできないか」と。しかも彼女たちは、「ウクライナが可哀そうでロシアが悪者」という考え方ではなくて、「ウクライナの人もロシアの人もつらいだろうから、その両方に関わりたい」と言うのです。
メディアなどで報じられている一方的な見方ではないのですね。必ずしも「誰が正義で誰が悪か」という観点で捉えているわけではないと。
上野
このように、子どもたちはマルバツ主義の発想ではないのに、教育においては未だに正解ばかりが追求されています。
不登校は駄目で、学校に行くのが当たり前。普通が一番で、普通の中でも成績がいい人が優秀で……経済誌だって、毎年のように大学進学ランキングを作りますよね。
環境が変わるのが先か、個人が変わるのが先か、鶏と卵の話になりますが、やはり杓子定規で窮屈な教育のもとでは、子どもたちも追い立てられてしまいます。
キーパーソン21は新潟の子どもたちと“地域”とをつなぐ架け橋
「正しいか間違っているか」よりも、キーパーソン21が提唱しているような「何にわくわくするか」を自分の軸にできるような教育へと、変化していくといいですね。
上野さんにとって、キーパーソン21とはどのような存在ですか?
上野
新潟の子どもたちと世の中との架け橋のような存在でしょうか。
私は今年から、キーパーソン21のスペシャルサポーターに任命していただきました。キーパーソン21は、すでにかなりの実績と幅広いネットワークをお持ちです。
ですから、キーパーソン21との出会いを通して様々なプレイヤー同士をゆるやかにつなぎ、新潟市の教育行政や子どもたちに恩恵をもたらしていけるような仕組みをつくっていきたいです。
キーパーソン21のメンバーが集まると、自己紹介代わりにお互いの「わくわくエンジン®」を発表することが恒例になっています。
そんなときに私がいつも発表する「わくわくエンジン®」は、「人との出会いから生まれる問いや感動を、人に伝えて分かち合うこと」です。
「寺子屋活動をしている市議会議員さんとキーパーソン21を繋げたいな」、「ユネスコとキーパーソン21を繋げてみたらどうなるかな」、「キーパーソン21は社員教育もやってるから、ニュービジネス協議会や異業種交流会とつなげたらどうかな」など、どのタイミングで誰と誰を繋げて問いや感動を共有できるかを、日々考えています。
子どもたちへ、「わくわくエンジン®を大事に、失敗を恐れずのびのびと学んで」
最後に、これからの未来を生きていく子どもたちにメッセージをお願いします。
上野
「発想を豊かに、自由にいろんなことにチャレンジして」と伝えたいですね。「失敗しても気にしないで」と。間違いや失敗から学んで、さらに次へと進んでいける子どもを育てたいです。
自分をどんどん開いていける子、そして多様性をしっかりと受け止めていける子に育ってほしいと願っています。
先ほど申し上げたように、世の中「絶対に正しい」ことってほぼないです。ですから、いつもたくさんの問いを持つこと、人と関わりながら問いに対してあれこれ考えていけることが大切です。
自分のわくわくエンジン®を大事に、自分軸を失わず、挑戦し続けていってほしい。そうすれば、必ず繋がれる人がいるはずですし、分かってくれる人がいますから。
素敵なメッセージですね。本日は、教育に希望を感じられるお話を、ありがとうございました!
◎プロフィール
上野昌弘(うえの・まさひろ)
1961年5月生まれ。新潟総合教育センター指導主事。1984年から教職に就き、中学校教育に情熱を注いだ。その後、県教育委員会や新潟市内の中学校校長を経て、2018年4月、新潟市立高志中等教育学校の校長に就任。2022年3月まで同校の校長を務め、同4月から再任用で現職。