企業における多様性の推進、女性の活躍を支援するNPO法人J-Win会長理事内永ゆか子さん
「日本の経済を蘇らせるためには企業の経営戦略の要となるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が必要不可欠。
リーダーの経験則に頼った経営では沈んでいくだけ」と話すのは特定非営利活動法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク」(NPO法人 J-Win)会長理事の内永ゆか子さん。
日本IBM初の女性取締役、そしてベルリッツコーポレーション代表取締役会長兼社長兼CEOといった輝かしい経歴を持つ彼女が考える「日本経済再生を阻む障壁」となっているのは何か。
そして日本企業が世界を動かすグローバルカンパニーとして生まれ変わっていくために必要な経営戦略とは何か伺った。
世界では日本を上回るスピードで女性が進出している
―日本社会における女性進出について、ジェンダーギャップ指数によると日本は※2021年度153ヵ国中120位という低水準だが、この状況をどうお考えか?
日本のジェンダーギャップ指数の順位は2010年には97位でした。
その後、安倍政権下で女性活躍が叫ばれ、女性の社会進出が伸びたにも関わらず現在世界120位という低水準なのは、世界は日本を遥かに上回るスピードで女性が社会に進出していることを表しています。
なぜこれほど女性活躍が伸びているのか。それは21世紀に入りテクノロジーが飛躍的な進歩を遂げたため、従来のビジネスモデルでは生き残っていけないことに各国企業が気づいたからです。
変化に対応するため過去の成功体験に囚われず新たなビジネスモデルにチャレンジしていこうと考える企業の志向が女性参加を加速させている。その事実を日本社会はもっと自覚すべきだと思います。
※2022年版ジェンダー・ギャップ指数、日本の順位は主要先進国では最低の「116位」
―プライム市場の企業各社のESG対応を概観しても、日本企業が注力しているのはEの部分、環境保全が主になっておりSの社会分野の問題に関してはどこも特徴に乏しく、各企業はどう取り組むべきか頭を悩ませている。
環境問題はアクションしやすいですが、社会分野の部分、特に人事や人材登用の問題に取り組むことは難しい。
例えば「管理職の何十%を女性にする」と決定しても、対象の女性社員たちには個人の夢や家庭もあって昇進を望んでいない人も多い。数字だけを掲げても実態が追いついていかないのではないでしょうか。
―貴団体では女性の意識改革について注力しているのか。
日本では女性に求められていることが多すぎます。特に社会人の女性は、男性と同じ仕事を求められると同時に、家庭人として家事や育児も立派にこなすことも求められている。
ですからさらに仕事が増える昇進を勧めても拒否されると思います。企業側もその女性の気持ちを理解できないと思います。
この状況を見て私は、女性が企業の中でキャリアを重ねていくことが人生にとってどういう意味を持つのか、女性自身が考えなければならないと感じました。
女性も男性と同じく人生の多くの時間を企業で働くことに費やしています。そこで面白い仕事をさせてもらえないのであれば、あなたの人生とは何なのか。それを女性たちに考えてほしかった。
女性こそ自分の理想とする人生に向かって歩んでほしい
―日本社会では女性に対し、母として・妻としての務めを果たすことを求める風潮がある。
電化製品が発達していない時代は、女性は主婦として一日中家事に時間を費やす必要があった。
しかし現代はそうではない。料理・洗濯・掃除などを電化製品に任せることで時間に余裕ができ、その時間を経済活動に充てることができるようになった。
育児についても自分がやらねばと抱え込まずにベビーシッターに頼る選択をしてよいと思います。そして自分の理想とする人生、キャリアに向かって歩んでいけばいい。
そうして収入を得れば子供に満足のいく教育環境を与えることもできるし、経済を活気づかせることにもなる。自分の手で子育てをしなければならない道理はありません。
また男性の中には自分より社会的地位が高く収入を得ている女性を拒否する人がいますが、それは男性のエゴです。そういう考えの人とは結婚するな、と話しています(笑)。
女性の社会進出に対してエモーショナルな議論は不要です。女性は自分の人生をもっと大事にすべきなのです。
女性の社会進出を妨げる存在、オールド・ボーイズ・ネットワーク
―男性の意識改革、価値観を転換することも必要だと思う。
過去に積み重ねてきた成功体験を共有化している男性たちが経営層に居座り、女性が進出するのを阻んでいる。
私はこれを「オールド・ボーイズ・ネットワーク」と称していますが、日本がジャパン・アズ・ナンバーワンだった時代は、オールド・ボーイズ・ネットワークは上手く機能していたので日本企業は世界に名を轟かせることができた。
しかしそれがテクノロジーの進化した時代には効果がないことは既に明らかです。アメリカも20年ほど前まではオールド・ボーイズ・ネットワークが蔓延る社会でした。
しかしそれでは多様性に対応できないことに気づき、変わったのです。
―日本がオールド・ボーイズ・ネットワーク社会から脱却するためにはどうしたらよいか。
まず自分の考えを明確な言葉にして見える化・仕組み化すること。男性はこれまで「言わなくても分かる」「阿吽の呼吸」で仕事をしてきたので敢えて明確に言葉にする必要性を感じてこなかった。
しかしダイバーシティが進めばそれは通用しませんし、グローバルな発展を期待することもできません。
日本企業のダイバーシティ化を妨げているのはオールド・ボーイズ・ネットワークに代表される価値観を変えたがらない人々の層です。
私はこの人々を「粘土層」と言っていますが、経営者の指示も社員からのリクエストも全てそこで止められてしまう粘土のような何も通さない層が日本企業には存在する。そこに穴を穿たなければ改革は進まないでしょう。
女性の意識を向上し、そして男性中心の社会の仕組みも改革しなければ、真のダイバーシティにはなりません。この改革について企業で話すと、よく「難しいですね」と言われます。
しかし難しいことではありません。やるかやらないか、それだけなのです。
成功体験を捨て白紙から考えなければならない
―自分が過去に成功してきたビジネスモデルを捨てなければならないことは、特にオーナー企業にとっては難しいことだと思う。
オーナー企業こそ、価値観を転換しなければなりません。昔の経験をいったん横に置いて、これから世界がどうなっていくのかを白紙の状態から考えてもらいたい。
その時に自分とは別の価値観で物事を見ることが必要になる。女性や外国人、別の業界の人から考え方を聞き、活用していくことが今の日本企業には必要です。
そして別の価値観を持った人とコミュニケーションを取るには、自分の考えやストーリーを言語化し論理的に説明しなければなりません。明確に自分の考えを伝えることがダイバーシティでは何より大事です。
異なった価値観の相乗効果が、新しいイノベーションを生み出す。
同質の協力は足し算ですが、異質の協力はかけ算になる。日本企業がグローバルに展開していくために、それは必要不可欠な意識であり、経営戦略に組み込むべき重要な鍵となる要素だと思います。
ダイバーシティが企業のカルチャーを変える
特定非営利活動法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク」(NPO法人 J-Win)は、企業におけるダイバーシティ・マネジメントの促進と定着の支援を目的に、2007年4月に設立された。
同団体の主な活動は女性企業人の相互交流を通して女性リーダーの育成や能力開発を行う、さらには経営戦略としてのダイバーシティ・マネジメントの推進と定着の支援となっている。
「企業の競争力向上を目指すために、女性活用を含めたD&Iを促進する」と同団体の会長理事 内永ゆか子さんは話す。
彼女は1971年に東京大学理学部物理学科を卒業後、長年日本IBM株式会社に勤めていた。
「世界で1番のIT企業、それに男女間の給与格差がないと聞いて入社を決意しました。入社してからは主に開発エンジニアとして仕事に励み、最終的には日本IBM初の女性取締役に就任、開発製造担当として専務も経験しました」
これらのキャリアを重ねる中で彼女はある人物と出会い、その言葉に衝撃を受ける。
「私は元々理系だったので常に論理的に『なぜそうなるのか』を問い詰める思考をしています。感情論を排除し問題の本質を見極めるこの考え方は日本IBMで働いていた時にも役に立ちました。しかし当時の日本は男性中心の社会。何をするにも男性の主張が強く中には理不尽としか思えないものも多くあり、私は不満を持っていた」
内永さんが日本で男性中心社会に疑問を持ちながら仕事をしていた1980年代から90年代、アメリカ本国のIBMはマイクロソフトやインテルなどの新興のIT企業に押され苦境に立たされるようになっていた。
1992年度の決算では49億7000万ドルという巨額の損失を発表。「時代遅れ」「滅びゆく恐竜」とも呼ばれ、浮沈の瀬戸際に立たされる。この苦境を打開するため、IBMはアメリカン・エキスプレスやナビスコで辣腕を振るったルイス・ガースナーを同社初の外部招聘のCEOに任命、経営再生の望みを託した。
「ガースナーは経営再生戦略の1つとして長年の間に硬直化していたIBM社内の刷新、ダイバーシティ化を推し進めました。彼は『IBMを本当に生き返らせるためにはカルチャーを改革しなければならない』と提唱し、40万人いた社員を16万人までリストラ、さらに女性やヒスパニックなどマイノリティの登用を進めた。
アメリカの大企業では上層部にWASP(アングロサクソン系プロテスタントの白人)が経営に携わっているものですが、ガースナーは彼らに任せていてはカルチャーから変えることはできないと考え、積極的に他分野からマネジメント層の人材を集めました。その結果、日本IBMでも女性の地位が向上し女性の管理職や役員が増えた。
それで私はガースナーと会った時『女性の価値を高めてくれてありがとうございます』と伝えたのです。しかし彼は『女性のためにやったわけではありません。会社をトランスフォームさせるためにはダイバーシティを受け入れる必要があったのです』と」
「ガースナーの言葉を聞き『まさにこれは日本の社会の問題そのものだ』と感じた」と内永さんは話す。
女性が動けば日本経済は変わる
「バブル経済の崩壊後、四半世紀以上にわたって日本企業は不況から抜け出せていません。なぜ日本は再生しないのか。それは日本企業が過去の成功体験を引きずっているからです」と内永さんは言う。
「モノカルチャーの中で仲間同士の阿吽の呼吸を大事にする、そして『カイゼン』に重きを置く日本のビジネスモデルは当時でこそ世界で戦うのに適していた。だから『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と呼ばれるほどに成長できたのですが、その後テクノロジーが急速に進歩してしまったことで、過去の成功体験を応用できなくなった。しかし日本企業は過去のパターン、カルチャー、やり方を『カイゼン』することに拘り続けてしまったために失敗したのです」
NPO法人J-Winは内永さんが日本IBM在職中に任意団体として発足し、2007年彼女の定年退職と同時にNPO法人化。彼女は理事長に就任した。
「ガースナーが述べたように、企業をカルチャーから変えるためにはダイバーシティ、多様な価値観を持つ人材を集めることが必要です。企業がダイバーシティを目指した時、最も近くにいる『別の価値観』は女性です。今までやってきたことを続けているだけでは日本企業は沈没する。ですからまず女性を経営にインクルージョンさせよう、と考えたのがJ-Winを発足させたきっかけです」
こうしてスタートしたNPO法人J-Winでは企業や社会へのD&Iを推進すると共に、女性の人材育成と意識向上にも力を注いでいる。
「私たちは『Woman to the TOP!』を掲げて女性リーダーの育成活動を行っています。中でも現在管理職の一歩手前にいる若い女性を集めたクラス『High Potentialネットワーク』では一年間の活動を通して、女性の意識改革を行っています。キャッチコピーは『Switch-on!』。
女性は育児や家庭など様々な悩みを持っており、管理職や経営者を目指すことをためらっていることが多い。そんな女性たちに『女性が経営に参画することでどれだけ会社が変わり、日本経済が救われるのか』を知ってもらい、積極的に経営者を目指す意識を持ってもらう。女性が秘めた力を発揮するためのスイッチを入れたいのです」
Facebook(Meta)のCOOシェリル・サンドバーグは「大きな変化を得るためには、トップも含めて全てのフェーズで女性が必要だ」と言った。
女性が動くことが経済のイノベーションに繋がると話す内永さんの想いは今、多くの大企業との共通理念として広がっている。
内永ゆか子
1971年東京大学理学部物理学科卒業後、日本IBM株式会社入社。同社初の女性取締役としてソフトウェア開発研究所長、専務執行役員などを歴任。同社退職後2008年より株式会社ベネッセコーポレーション取締役副会長・ベルリッツコーポレーション代表取締役会長兼社長兼CEO。2007年にNPO法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J-Win)を発足、理事長に就任。2022年7月より同法人 会長理事。
NPO法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J-Win)
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