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Ado初の実写MV解禁 新曲『ビバリウム』で横顔公開の衝撃と、自伝的小説に込めた覚悟

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Ado「ビバリウム」
本人公式Xより

時代を象徴する歌い手・Adoが、自身の表現における新たな扉を開いた。28日、新曲『ビバリウム』のミュージックビデオが公開され、これがAdoにとって初となる実写MVであることが明らかとなった。

 

水に沈み、ヒールで走る。約300カットの映像に込められたAdoの「イマ」

映像ディレクターの林響太朗氏が監督を務め、ACROBAT FILMの大野瑞樹氏がプロデューサーを担当した同作は、約300カットにも及ぶ膨大な映像で構成されている。これまでイラストレーションとアバターを自己表現の主軸に据えてきたAdoだが、今作では彼女自身が出演し、水に沈む場面やヒールで駆け抜ける場面など、肉体を伴う生々しい表現に挑んでいる。

Adoは本映像の公開に際し、「初めての実写で、しかも私自身が出演している今回のMVは、ものすごく見応えがあるのではないかと思います」と自信をのぞかせている。さらに「所々で結構攻めたシーンが多いので、リスナーの皆さんは少し困惑してしまうかもしれませんね」と笑いを交えつつも、「どんな形であっても私であることには変わりません」と、表現手法が変化しても本質は揺るがないという強い意志を表明した。

 

音楽ナタリーも報じた「横顔解禁」。素顔の片鱗とリスナーへのメッセージ

今回の実写化は、単なる映像表現の転換にとどまらず、ファンに大きな波紋を広げている。「音楽ナタリー」の報道によると、YouTubeでのプレミア公開時の待機画面においてAdoの横顔が実写で確認できたという。完全な顔出しではないものの、これまでベールに包まれていた彼女の「素顔」の片鱗が示されたことは、ファンにとって極めて衝撃的な出来事であった。

「Adoは、私なんです」と大野プロデューサーに語ったという彼女の言葉からは、匿名性の奥に隠されていた一人の人間としての生々しい感情や、アーティストとしての並々ならぬ覚悟が透けて見える。もがき苦しみながらも前進をやめない彼女の現在地が、この映像という箱庭に克明に記録されているのである。

 

KADOKAWA出版の自伝的小説と連動。覆面アーティストが踏み出した新たな次元

この『ビバリウム』という楽曲は、2月26日にKADOKAWAから刊行された自伝的小説『ビバリウム Adoと私』(著者:小松成美)をもとに、Ado自身が作詞・作曲を手掛けたものである。クローゼットの中で歌っていた少女が、いかにして世界的なスターダムへと駆け上がり、そしてなぜ自己否定の感情と戦い続けているのか。活字による生い立ちの告白と、実写映像という身体的表現の連動は、彼女が「Ado」という虚像と実像の境界線を自らの手で再構築しようとしている証左と言えよう。

かつてネット社会の匿名性を武器に頭角を現したアーティストが、自らの半生を語り、実写の姿を世に晒す。それは、一つの時代を築き上げた表現者が、さらに深い次元へと踏み出すための必然的な通過儀礼なのかもしれない。彼女の次なる一手から、もはや目を離すことはできない。

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Webライターとして活動。主にエンタメ系、サステナビリティ関連の記事などを扱っています。

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