
物価高が続く中、人件費の大幅な引き上げが難しい中小企業の間で、「福利厚生」による実質的な賃上げの動きが広がりつつある。社員の生活負担を軽減し、離職を防ぎ、人材確保につなげようという取り組みが注目されている。
福利厚生で「見えない賃上げ」
全国で3000社以上が導入しているのが、電子マネーを活用した食費補助サービス「チケットレストラン」である。サービスを手がけるのは、福利厚生の外部委託事業を展開するエデンレッドジャパン(東京都港区)だ。
このサービスでは、企業が専用ICカードを社員に配布。毎月、企業と社員の双方が負担する形で最大7000円分がチャージされ、社員は全国25万以上の飲食店やコンビニエンスストアなどで利用できる。電子マネーはNTTドコモの「iD(アイディ)」が使われ、設定によっては社員食堂でも使用可能となる。
国税庁の「所得税基本通達」に基づき、一定条件を満たせば非課税とされるため、企業は税負担を抑えつつ、実質的な手取り向上が可能となる。
公的支援で導入ハードル下げる
ただし、導入には初期設定費用(1万1000円)に加え、毎月の利用料(チャージ総額の10%)がかかる。この負担が障壁となり、導入をためらう企業も少なくない。
そうした課題を受け、名古屋商工会議所は2025年4月、エデンレッドジャパンと提携。会員企業が同サービスを導入する際、月額利用料の25%を商工会議所が補助する制度を開始した。公的機関としての支援は全国初の取り組みとされる。
同会議所の担当者は「賃上げの原資を確保することが難しい中小企業にとって、福利厚生の充実は人材確保の鍵になる」と話す。
食費補助にとどまらない支援策
こうした食費補助以外にも、企業が打ち出す「実質賃上げ」策は多様化している。以下は、中小企業で注目されている主な取り組みである。
●生活支援制度
制度名 | 内容 | 効果 |
---|---|---|
住宅手当 | 家賃の一部を会社が補助 | 若手・単身者の雇用安定に寄与 |
通勤手当 | 実費または上限付きで支給 | 地方在住者の雇用機会拡大 |
ガソリン代補助 | 車通勤者への交通支援 | 公共交通が乏しい地域で有効 |
●健康・ワークライフバランス施策
制度名 | 内容 | 効果 |
---|---|---|
健診・人間ドック補助 | オプション検診にも支援 | 健康維持、早期発見に寄与 |
インフルエンザ予防接種 | 全額または一部費用負担 | 職場内の感染予防 |
記念日・リフレッシュ休暇 | 有給とは別枠で支給 | メンタルケアとモチベ向上 |
●子育て・介護支援
制度名 | 内容 | 効果 |
---|---|---|
保育料補助 | 一部または全額を補助 | 育児世代の離職抑止 |
時短・フレックス勤務 | 家庭事情に応じた勤務形態 | 介護や育児との両立を支援 |
家族看護休暇 | 法定を上回る独自休暇制度 | 家庭を持つ社員の安心感向上 |
●学習・キャリア支援
制度名 | 内容 | 効果 |
---|---|---|
資格取得補助 | 業務に関連する資格を支援 | 自己成長と人材育成に貢献 |
eラーニング提供 | オンライン学習環境の整備 | 時間の制約なく学習可能に |
書籍購入手当 | 業務関連書籍の購入費支給 | 学びの習慣化と知識拡充に寄与 |
●メンタル・人間関係ケア
制度名 | 内容 | 効果 |
---|---|---|
外部カウンセリング提携 | 無料または割引価格で提供 | メンタル不調の早期対処 |
ありがとうカード | 社内で感謝を伝える仕組み | コミュニケーション活性化 |
懇親会補助制度 | 会食費や交流イベントへの補助 | チームワークの醸成に効果 |
「見える賃金」だけでない価値の提示へ
コスト増が企業経営を圧迫するなか、「手取り賃金の引き上げ」だけでは、従業員満足度を高めきれない現実がある。企業側も、給与以外の方法で働く価値を伝えることが求められている。
働き方改革や人材確保が急務となる中、柔軟な制度設計と公的支援の連携が、中小企業の持続的成長に不可欠となりつつある。