
【ワシントン=本紙特派員】アメリカ政府は、ロシアおよびウクライナとそれぞれ、黒海での航行安全確保およびエネルギー関連施設への攻撃停止を柱とする複数の合意に達したと3月25日、ホワイトハウスが発表した。協議は、サウジアラビア・ジッダで5日間にわたり行われ、米国、ロシア、ウクライナの代表団が出席した。だが、ロシア政府は黒海航行に関する合意履行を「一部制裁の暫定解除」と結びつけており、合意の実効性には依然として不透明感が残る。合意発表から数日が経過した現在、各当事者の温度差がより鮮明になっている。
「安全確保」合意にロシアが条件提示 履行は制裁緩和次第
ホワイトハウスのカービー国家安全保障会議(NSC)戦略広報調整官は3月25日の会見で、今回の合意について、「黒海における民間船舶の航行安全を守るため、米国はロシアおよびウクライナ双方と、商船の軍事利用禁止および武力行使の抑制措置を含む合意に達した」と説明した。
一方で、ロシア大統領府のペスコフ報道官は同日、国営タス通信の取材に対し、「ロシア農業銀行を含む食料・肥料輸出関連の金融機関、物流事業者、船舶に対する一部制裁が暫定的に解除されない限り、黒海航行の安全措置は発効しない」と述べた。
ロイター通信(3月25日)によれば、ロシアは国際決済システムSWIFTへのアクセス回復や、輸出関連の金融・物流制限の解除を履行条件として強く主張している。
この発言を受け、黒海における航行の自由と安全に関する国際的枠組みに基づく議論は、事実上ロシアの「条件付き合意」により保留された形となっており、今後の米欧側の対応が焦点となる。
ウクライナは懸念表明 合意履行に疑問も
ウクライナのゼレンスキー大統領は25日、米国が仲介した今回の合意について、「ロシアは既に文言を歪め、仲介国や国際社会を欺こうとしている」と述べ、履行の信頼性に疑問を呈した。ロイター通信(同日付)によると、ウクライナ政府関係者は「ロシアは戦術的な譲歩を装いながら、実際には実行に移さない可能性がある」と警戒感を強めている。
エネルギー施設への攻撃は30日間停止 国際監視下で履行
一連の合意の中でも、即効性のある措置として注目されるのが、エネルギー関連施設に対する攻撃の停止である。米紙『ニューヨーク・タイムズ』(3月25日)によれば、双方は3月30日から30日間、電力インフラや送電施設など主要なエネルギー施設に対する軍事攻撃を停止することで一致した。
ロシア側は『ザ・ガーディアン』(同日)に対し、対象となる施設リストをウクライナと共有したと説明。国際赤十字委員会(ICRC)も履行状況の監視支援に加わる見通しである。協定には、「攻撃再開が確認された場合には即時失効する」との条項が盛り込まれている。
食料・肥料の供給安定も交渉の一環 ロシアの経済的打算
米CNNが関係者の話として伝えたところによると、今回の協議ではロシア産の穀物や肥料の国際市場への安定供給についても、米ロ間で一定の合意が成立した。これは、食料危機に直面するアフリカ諸国やグローバル・サウス諸国に対する外交的アピールと位置づけられる。
ロシアにとって、農業・資源輸出は経済の生命線であり、欧米制裁によって閉ざされた金融・物流のルート確保が重要課題となっている。今回の「暫定解除」要求は、実質的な制裁緩和への道筋を探る意図も含んでいるとみられる。
ウクライナの子ども支援も合意の一部に
また、アメリカ国務省の高官が明らかにしたところによれば、今回の協議にはウクライナからロシアに連れ去られたとされる子どもたちの帰還支援についても、初めて合意文書に盛り込まれた。具体的な人道支援ルートの整備や、国際人権団体による関与も検討されている。
サウジが舞台に 多極外交の象徴としての意義
今回の協議がサウジアラビアで行われた背景には、中立的かつエネルギー供給国としての存在感を高めたいというサウジ側の意向がある。対立する大国であるアメリカ、ロシア、ウクライナを一堂に会し、一定の外交成果を導いたことは、多極化が進む国際秩序における中東外交の台頭を象徴する出来事ともいえる。
停戦外交の限界と可能性
今回の合意は、即時停戦を求める内容ではなく、武力行使の「一部制限」にとどまる。また、ロシアの「条件付き履行」が今後の進展を左右する構造も変わらず存在する。とはいえ、中東を舞台とした間接対話が一定の調整機能を果たしたことは、戦争長期化の中での新たな外交的選択肢として注目される。