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【ばけばけ】小泉八雲の月給900万円は本当か?遺産1億円とセツのその後

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ばけばけ
朝ドラ「ばけばけ」公式インスタグラムより

1904年9月、東京・大久保。まだ夏の熱が残る室内で、小泉八雲は静かに息を引き取った。机の上には書きかけの原稿、奥には家族の気配。父はもう戻らない。しかし、この部屋には、目に見えない“もうひとつの遺産”が確かに残されていた。

それは、家族の未来を支え続ける「収入の仕組み」だった。

 

 

月給900万円という異常な出発点

明治の東京帝国大学。講義室には、静かな熱気が漂っていた。英語教師でありながら、日本の精神文化や怪談を語る八雲の授業は、学生たちを強く惹きつけていた。

その裏側にあったのが、破格の待遇である。八雲の月給は450円。当時の価値を現代に置き換えると、およそ900万円に相当する。これは同時代の知識人と比べても突出していた。

この高収入は東京に限らない。松江でもすでに高給を得ており、熊本ではさらに増額された。地方にあっても常に高待遇で迎えられた背景には、彼の語学力と異文化理解の価値があった。

つまり八雲の人生は、最初から「高い収入基盤」の上に成り立っていた。

 

一通の通知で崩れた収入

その安定は、あまりにも突然終わる。大学から届いたのは、簡潔な解雇通知だった。理由は説明されず、余韻もない。

この出来事が意味したのは、単なる職の喪失ではない。月給約900万円という収入が、一瞬で消えることだった。

八雲にとって衝撃だったのは、解雇そのものよりも、その扱われ方だったとされる。長く築いてきた関係が、一通の紙で断ち切られる。その現実は、彼の内面に深く刻まれた。

しかし同時に、この出来事は彼を別の道へと押し出す。執筆に専念する時間が、ここで初めて生まれたのである。

 

遺産1億円超の中身とは何か

八雲が遺したものは、単純な金額では測れない。

熊本時代にはすでに現在価値で約8000万円に相当する貯蓄を築いていた。さらに死後、著作権の売却によって同程度の資金が遺族にもたらされる。

これだけでも1億円を超える規模になるが、より重要なのは、その後も収入が続いた点にある。彼の著作は読み継がれ、印税という形で家族に利益をもたらし続けた。

つまり八雲の遺産は、「貯めた資産」と「生み続ける資産」が重なり合った構造を持っていた。

 

帰化という決断がすべてを変えた

この遺産が家族に届いた背景には、ひとつの重要な選択がある。八雲は日本に帰化し、「小泉八雲」となった。

もし外国籍のままであれば、当時の制度では遺産は海外の親族に渡る可能性があった。日本で暮らす家族には何も残らなかったかもしれない。

帰化は文化的な帰属の表明であると同時に、家族を守るための現実的な判断でもあった。この選択が、後の生活の安定を決定づける。

 

セツのその後 遺産を守り、記憶を遺す

夫の死後、セツは四人の子どもを抱えて生きていくことになる。経済的には遺産と印税が支えとなったが、それだけではない。

彼女は八雲の記憶を語り続けた。その言葉はやがて『思ひ出の記』としてまとめられ、後世に残る。

そこに描かれた八雲は、偉人ではなく一人の人間だった。怒りやすく、繊細で、家族を思う父。その姿を伝えたのは、セツという存在だった。

彼女は遺産を守るだけでなく、八雲という人物そのものを未来へと繋いだ。

 

子どもたちの人生 「収入が続く家庭」という安心

父の死は早かったが、生活は崩れなかった。そこにあったのは、収入が途切れないという状態だった。

作品の印税は生き続け、さらに周囲の支援も加わることで、家族の基盤は保たれた。子どもたちは教育を受け、それぞれの道を歩んでいく。

貧困に追い込まれなかったという事実は、単なる幸運ではない。収入の仕組みがあったからこそ成立した現実だった。

 

月給と遺産が示す“二重の収入構造”

ここで浮かび上がるのは、八雲の収入の特徴である。

生前は月給という安定収入で生活を支え、死後は印税という継続収入で家族を支えた。この二つが重なり合うことで、時間を越えた安定が生まれた。

これは現代で言えば、給与所得と資産所得を同時に持つ状態に近い。どちらか一方ではなく、両方を持っていたことが決定的だった。

八雲は偶然そうなったのではない。帰化や執筆という選択の積み重ねが、この構造を生み出していた。

 

「先を見てやれない」という父の言葉の先に

セツの記録には、八雲の不安が残されている。「この子の先を見てやる事がむずかしい」という言葉である。

だが結果として、彼は別の形でそれを実現した。生きて見守ることはできなかったが、収入と資産によって未来を支え続けた。

それは偶然ではなく、彼の生き方そのものがもたらした結果だった。

 

八雲は“収入を遺した作家”だった

小泉八雲が遺したのは、単なる財産ではない。月給という現在を支える収入と、印税という未来を支える収入。その両方を家族に残した。

そしてセツは、それを守り、語り継いだ。

『ばけばけ』が描く物語の奥には、家族の未来を見据え、収入を設計した一人の男の姿がある。机の上に残された原稿は、物語であると同時に、家族を支える設計図でもあった。

 

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ライター:

広告代理店在職中に、経営者や移住者など多様なバックグラウンドを持つ人々を取材。「人の魅力が地域の魅力につながる」ことを実感する。現在、人の“生き様“を言葉で綴るインタビューライターとして活動中。

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