46年の君臨に幕

サンリオファンにとっての聖書(バイブル)とも言える月刊紙『いちご新聞』。その最新号のページをめくった読者たちの間に、悲鳴にも似た衝撃が走った。ハローキティの3代目デザイナーとして46年間、世界中の“カワイイ”を牽引してきた山口裕子氏が、ついにその座を退くというのだ。
SNSで拡散する“キティ・ロス”の声
「ハローキティのデザイナーである山口裕子氏が、46年間の就任を経て退任します。ずっとキティちゃん好きです…お疲れ様でした」
2月14日、タレントのフィフィ氏(@FIFI_Egypt)がXに投稿した惜別のメッセージは、瞬く間に拡散された。添付された写真は、初期のキティと、山口氏がキティを抱く近影。 この投稿をきっかけに、ネット上では「えっ、山口さん辞めちゃうの!?」「私の青春そのもの」「あのピンクのキルトシリーズ、まだ持ってるよ」といった驚きと感謝の声が溢れかえった。
逸話で振り返る“山口裕子革命”
1980年、当時人気が低迷していたハローキティの3代目デザイナーに就任して以来、山口氏は常識を覆す改革を次々と断行してきた。彼女がいなければ、今のキティは存在しなかったと言っても過言ではない。その功績を、象徴的な5つの逸話で振り返る。
【逸話①】聖域なき整形手術…「輪郭線」の撤廃
就任当初、キティの人気は「キキ&ララ」の後塵を拝していた。山口氏は子供たちの「キティちゃんは冷たい感じがする」という声を聞き逃さなかった。
「ぬいぐるみには輪郭線がない」。そう気づいた彼女は、1983年、キャラクターデザインの命とも言える「黒い輪郭線」をあえて無くすという賭けに出た。結果、キティはふんわりとした温かみを手に入れ、人気はV字回復。今の“カワイイ”の原型が完成した瞬間だった。
【逸話②】「オーバーオール1着」からの脱却
「女の子なのにお洒落もできないなんて可哀そう!」。
初期のキティは、青いオーバーオール姿しか設定がなかった。山口氏は「私がキティのスタイリストになる」と決意。テニスルックやワンピース、時にはドレスなど、時代に合わせたファッションを次々と着せ替えさせた。これが後の、どんなコラボも着こなす「仕事を選ばない」スタイルへと繋がっていく。
【逸話③】「援助交際なんてやめなさい」女子高生との“生々しい対話”
山口裕子というデザイナーの凄みは、単に絵を描くことではない。彼女は徹底した“現場主義”で、時に社会現象そのものと対峙してきた。
山口氏の著書では、1990年代後半、コギャルブーム全盛期のサイン会での、あまりに衝撃的なエピソードが記されている。
『女子高生たちが並んでくれていた。おしりが見えそうな短いスカートに、ルーズソックス。(中略)私はなんと等めさせたいと思った。でもいきなり「エンコー(援助交際)なんてやめなさい」と言ってもひかれるだけだろう』
山口氏は、サインをする短い時間の間に、彼女たちに直球を投げかけた。 「なんでエンコーなんてするの?」 女子高生は小さな声で答えた。「ブランドの財布が欲しいから」「素材とかこってて、可愛いし」
この答えを聞いた山口氏は、大人としての説教をする代わりに、クリエイターとしての闘志を燃やした。
「じゃあさ。ピンクで横長のキティちゃんの財布があったら、買う?」
「買う!」
うつむきがちだった彼女は、ぱっと顔を輝かせた。
「私はキティと一緒にブランドものの財布を超えたいと思った」。
山口氏はその後、子供だましではない、大人が持てるクオリティの「ピンク・キルトシリーズ」などを実際に大ヒットさせ、実際にコギャルたちをハイブランドの呪縛から解き放ってみせたのだ。今日、日本人たちは過剰なハイブランド信仰からはかなり離れられたと言えるが、ここに山口氏が果たした功績は大きいだろう。
【逸話④】タブーへの挑戦…「猫が猫を飼う」
2004年、キティのペットとして猫の「チャーミーキティ」が登場した際は、社内外から「猫が猫を飼うなんておかしい!」と猛反発が起きた。 しかし山口氏は「キティは猫じゃない。人間と同じ女の子(擬人化キャラクター)」という設定を貫き通した。
「ミッキーマウスだってプルート(犬)を飼っているじゃない」と言わんばかりの強気な采配で、チャーミーキティもまた人気キャラクターへと成長させた。ボーイフレンドの「ダニエル」という存在もまた彼女なくしては生まれなかったキャラクターだろう。
【逸話⑤】「キティは友達じゃない、事務所の稼ぎ頭」
「最初はキティが好きじゃなかった」と公言して憚らない山口氏(「キティの涙」より)。1980年の就任当時、キティの人気は低迷していた。生みの親は清水侑子先生なので、彼女は「自分が生んだキャラではない」という冷静な視点を武器に、キティを徹底的にプロデュースしたのだろう。彼女のスタンスは一貫してドライかつプロフェッショナルだった。
「今では友達というより、芸能事務所の社長とタレントさんという感じです。キティは事務所で一番の売れっ子」
世界の歌姫レディー・ガガやマライア・キャリーがキティを愛したのも、山口氏がキティを単なるマスコットではなく「世界的セレブリティ」としてプロデュースした結果である。
バトンは次世代へ…サンリオV字回復の立役者
サンリオが2024年3月期に過去最高益を叩き出し、時価総額7000億円企業へと復活を遂げた背景には、この“山口イズム”があったことは間違いない。
『いちご新聞』での発表によると、後任には長年山口氏を支えてきた「あや」氏(ペンネーム)が就任する。 「好きになっていたら、自分の考えに縛ってしまっていただろう」と語る山口氏。客観的にキティを見つめ、アンチの声にも耳を傾け、「どうすれば売れるか」を考え抜いた46年だった。
山口氏は今後、アドバイザーとしてサンリオに残る予定だという。 “敏腕社長”の目線は、これからもキティの行く末を厳しく、そして温かく見守り続けることだろう。



