
弁当チェーンのほっかほっか亭が、公式Xの投稿を巡り謝罪する事態となった。漫画由来のネットミームを十分な理解がないまま引用リポストしたことが、「食を扱う企業として不適切ではないか」と一部で問題視されたためだ。ただ、その一方で、今回の件を過剰反応と捉え、同社を擁護する声も大きく広がっている。企業SNSとネットミーム文化の距離感が、改めて問われる形となった。
公式Xの引用リポストが炎上に発展した経緯
発端は21日夜のX上のやり取りだった。一般ユーザーが、ほっかほっか亭の弁当について触れ、カレーを食べる男性のイラスト画像を添えた投稿を行った。これに対し、同社公式アカウントが引用リポストという形で反応した。
添付されていた画像は、漫画『狂四郎2030』の一場面として知られるもので、ネット上では以前からミームとして断片的に使用されてきた。単体で見れば、食事を楽しむ場面を切り取った、ごく日常的な描写に見える。
ところが、原作を知る一部ユーザーから「このシーンは物語上、重大な意味を持つ」「直後に凄惨な展開が描かれる場面だ」との指摘が相次いだ。食を提供する企業が、その文脈を持つ画像を拡散したことへの違和感が、批判として噴出した。
漫画の文脈と「最後の晩餐」イメージへの批判
批判の核心は、画像そのものよりも、その背後にある物語の文脈だった。
問題視された場面は、作中で「最後の晩餐」を想起させる象徴的な食事シーンとされ、その後、食事の場に毒ガスが流されるという衝撃的な展開が描かれる。
このため、「食を扱う企業が扱うには不適切」「縁起でもないイメージと結びつく」といった声が上がった。特に企業公式アカウントは、商品やブランドの安全性、安心感と直結して受け取られる存在であることから、より慎重さが求められるという意見が目立った。
一方で、引用された投稿の画像だけでは、そこまでの背景を読み取ることは難しいとの指摘もあり、評価は分かれた。
著作権問題と企業公式アカウントの責任
今回の件では、内容面に加え、著作権への配慮を疑問視する声も上がった。漫画作品の一コマが、企業公式アカウントによって拡散されることの是非を問う意見である。
一般ユーザー同士のミーム利用と、企業アカウントの拡散とでは、社会的な受け止め方が異なる。企業アカウントは、個人の延長ではなく、ブランドを背負った公的性格を帯びるためだ。
こうした複合的な指摘を受け、ほっかほっか亭は該当投稿を削除し、22日に公式Xで謝罪文を公開する判断を下した。
謝罪文に広がった擁護と同情の声
ほっかほっか亭は謝罪文で、「企業公式アカウントとして極めて不適切な振る舞いだった」とした上で、「引用した画像が漫画作品の一コマであることに加え、その背景を十分に理解しないまま引用リポストを行ってしまった」と説明した。
この謝罪投稿は18,000件を超える「いいね」を集めたが、その多くは批判ではなく、同社を擁護する反応だった。
「担当者がかわいそう」「マイナーなミームのトラップに引っかかっただけ」「知らない人の方が普通」といった声が相次いだ。
引用された画像単体から、原作の後続展開まで想起できる人は限られる。ネットミームとして断片化した情報が、過剰な責任追及につながったのではないかという見方が共有された形だ。
企業SNSとネットミーム文化が突きつけた課題
今回の騒動を理解する上で欠かせないのが、「ネットミーム」という存在そのものだ。
ネットミームとは、インターネット上で繰り返し共有、模倣、改変される画像や言葉、表現の総称を指す。多くの場合、漫画やアニメ、映画、ゲームなどの一場面が切り取られ、本来の文脈から離れた形で使われる。
重要なのは、ネットミームが「元ネタを知っている人同士の暗黙の了解」を前提に成立している点だ。原作を知る者にとっては一目で通じる皮肉やブラックユーモアであっても、知らない人にとっては、単なる日常的な画像や無害な表現にしか見えないことが多い。
今回、ほっかほっか亭が引用リポストした画像も、その典型例だった。食事をしている人物の一場面だけを見れば、弁当チェーンが反応したとしても不自然ではない。しかし、原作を知る一部のユーザーにとっては、その後の凄惨な展開まで含めて一体のイメージとして記憶されており、そこに強い違和感が生じた。
このズレは、企業側の不注意というより、ネットミーム文化そのものが抱える構造的な問題と言える。ネットミームは、本来、限られたコミュニティ内で消費される内輪の遊びだった。それがSNSの拡散力によって、文脈を失ったまま公共空間へ流れ出し、企業公式アカウントのような「広く一般に開かれた存在」と接触した瞬間、摩擦が生じる。
企業SNSは、親しみやすさや距離の近さを演出するため、ユーザー投稿への反応やリポストを積極的に行っている。しかし、ネット上に無数に存在するミームの背景や由来を、すべて把握することは現実的に不可能だ。今回のように、「知らなかったこと」自体が問題視される状況は、企業側にとって極めて厳しい環境と言える。
一方で、ネットミームを知らない人が多数派であるという現実も見逃せない。今回の件で広がった「知らない方が普通」「ネットミームに詳しい前提がおかしい」という声は、その象徴だ。特定のネット文化に精通していないことが、即座に非難の対象となる社会が健全なのかという問いも、同時に突きつけられている。
結果として、ほっかほっか亭は迅速な削除と謝罪によって事態の沈静化を図り、世論もそれを受け入れた。だが、この一件は、企業SNSが今後もネット文化とどう距離を取るべきかという難題を残したままだ。
ネットミームという内輪文化と、企業公式アカウントという公共性の高い存在。その境界線は極めて曖昧で、踏み外せば批判を招く。今回の騒動は、その危うさを可視化した事例だったと言える。



