
「お子さんがいるご家庭で、2人目を作らなかった理由を聞かせてください」 Xで12月31日からある悲鳴のような投稿が拡散され続けている。連なるポストには、主にワンオペなど旦那側の愚痴ともとれるものやお金がないという身もふたもない内容が並ぶが、目を引く投稿があった。
「第2子が生まれないのは第1子出生時の面積が狭く、夫の通勤時間が長いせい」 「若夫婦に1LDKや狭小2LDK勧める人は罪深い。新婚は3LDK」
投稿者はあずさ氏(@azzzzzzusa)。この投稿の根拠となったのは、2021年6月、コロナ禍の真っ只中に財務省・財務総合政策研究所が開示したレポート『パネルデータと地図からアプローチする第二子出生にかかる要因分析と提言』だ。
お堅い役所の文書だと侮るなかれ。そこに記されていたのは、現代の子育て世帯を追い詰める「数字の暴力」とも言える残酷なファクトと、我々が直面している「詰み」の構造だった。
「寝室にベビーベッドが入らない」都心1LDK夫婦の限界
データを見る前に、まずは東京で暮らす当事者のリアルな声を聞いてみたい。
「正直、2人目なんて考えられません。物理的に無理です」 東京都中央区のタワーマンションに住む会社員の健太さん(32歳・仮名)は、疲れた表情でそう語る。妻と2歳の長女との3人暮らし。駅徒歩5分、職住近接の好立地だが、間取りは42平米の1LDKだ。
新婚当初は「家賃も抑えられるし、子どもが小さいうちは十分」と不動産屋に勧められ、今の部屋を選んだ。しかし、子どもが生まれて生活は一変した。
「リビングの半分はジャングルジムとおもちゃに占拠され、寝室はクイーンサイズのベッドで埋まっています。ベビーベッドを置く場所がなく、今は川の字で寝ていますが、夜泣きがあれば全員が起きる。これ以上、どこに赤ちゃんのスペースを作ればいいのか……」
健太さん夫婦の世帯年収は1400万円を超えるが、近隣で広い2LDKや3LDKに引っ越そうとすれば家賃は30万円を軽く超える。「今の生活レベルを維持しながら広さを求めるのは不可能」と、2人目は事実上“断念”している状態だ。
財務省のレポートは、健太さんのようなケースを裏付ける衝撃的なデータを弾き出している。 第一子がいる夫婦において、家の延床面積がたった1㎡(畳半分強)広くなるだけで、第二子が生まれる確率は3%も跳ね上がるのだ。
逆に言えば、家賃を気にして数平米狭い部屋を選んだその瞬間、将来の家族が増える可能性を自ら削ぎ落としていることになる。
「夫は平日に存在しない」郊外・広々マンションの孤独
では、広さを求めて郊外に出れば幸せになれるのか? そう単純な話ではない。
「家は広くなりました。でも、夫はもう『同居人』ですらないかもしれません」 千葉県のニュータウンに念願の80平米・3LDKマンションを購入した美咲さん(34歳・仮名)は、ため息交じりに話す。
都内の職場までドア・ツー・ドアで片道1時間20分。夫が家を出るのは朝7時前で、帰宅は早くても22時過ぎだ。平日の育児は完全に美咲さんのワンオペ。「夫は帰ってきて寝るだけ。休日は疲れ果てて昼過ぎまで起きてこない。広いリビングに私と子どもがポツンといる感じです」 夫との会話も減り、夫婦生活など望むべくもない。「この状況でもう一人産むなんて、私のキャパシティが崩壊します」と彼女は首を振る。
この絶望もまた、レポートで予言されている。 都市部(東京23区・政令指定都市)に限定した場合、「夫の通勤時間が10分長くなると、第二子が生まれる確率は4%減る」。
往復20分ではない。片道10分の差が、4%もの確率を削り取る。長時間通勤は夫の育児参加を阻み、妻のワンオペ負担を限界まで押し上げ、「もう1人は無理」という決断に直結するようだ。
2021年が警告していた未来
このレポートが書かれた2021年は、コロナ禍によるテレワーク普及で「地方移住」や「脱・東京一極集中」が叫ばれた時期だった。国も企業も、場所にとらわれない働き方を模索していたはずだった。
しかしあれから数年、現実はどうなったか。 揺り戻しによる「オフィス回帰」が進み、通勤電車は再び満員になった。都心のマンション価格はバブル期を超え、一般のサラリーマンには手が届かない。レポートが示した「最強の少子化対策」である「郊外居住×テレワーク」という生存戦略は、企業の論理によって封じられつつある。
レポート内の世田谷区の地図分析(スライド資料)は、残酷な真実を可視化している。
「都心から離れれば離れるほど(家賃が安くなるほど)、乳児割合が高くなる」
つまり、少子化対策において「年収」は決定打ではない。いくら稼いでも、その金を高い家賃に吸い取られ、狭い都心にしがみつく限り、子どもは増えないのだ。
「異次元の対策」が見落とす“部屋と時間”
政府が進める「異次元の少子化対策」は、児童手当の拡充など「現金給付」が中心だ。しかし、財務省レポートの視点に立てば、これだけでは不十分であることがわかる。
月数万円の手当が増えたところで、都内で「もう1部屋広い家(+10〜15㎡)」に移り住むための家賃差額(月5〜10万円以上)には到底届かない。レポートが提言するように、「都心近傍の社宅・公営住宅の整備」や、郊外からの「特急定期券への補助」 といった、物理的な「広さ」と「時間」を確保する施策こそが急務なのだ。
実際、合計特殊出生率が高い福井市(1.67)や「奇跡の村」と呼ばれた長野県下條村(1.81)の勝因は、単なる現金のばら撒きではない。「職住近接による短い通勤時間」 と、「子育て世帯が集住するコミュニティ」が、孤独な育児を防ぎ、2人目、3人目を産む勇気を与えている。
国を待たず、個人の生存戦略として「3LDK」を選べ
2021年の財務省レポートは、一種の「炭鉱のカナリア」だった。「お金を配れば子どもが増える」という安易な発想に対し、「住まい(広さ)と働き方(時間)を変えなければ、構造は変わらない」と警鐘を鳴らしていたのだ。
バズり投稿の主が叫んだ「新婚は3LDK」。それは贅沢でもワガママでもない。データが裏付ける、現代日本で家族を守るための唯一の「生存戦略」だ。
都心に住めば「狭さ」で産めず、都心に通えば「通勤地獄」で産めなくなる。この「東京・無理ゲー」を攻略するには、国策の転換を待っている時間はない。あえて郊外を選び、テレワークや地元就職で通勤時間を消滅させる。
あるいは、無理をしてでも広い家を確保する。 そうやって物理的なリソースを確保した者だけが、「2人目の壁」を越えられるのかもしれない。



