
元民放アナウンサーでトップ当選した長野市議会の山崎昭夫市議(56)が、選挙運動を手伝った女性に同意なくキスをしたとして被害届が提出された。「雰囲気だった」という説明は何を見誤っているのか。公人の責任と権力差の問題を検証する。
地方議会にとどまらない深刻な問題
長野市議会議員の山崎昭夫(56)を巡る問題は、地方議会の一事案にとどまらず、社会全体に重い問いを投げかけている。長野県内の女性が、同意のないキスを受けたとして松本警察署に被害届を提出していたことが明らかになった。問われているのは行為の是非だけではない。被害を訴えるまでに半年を要した背景、そして加害者側の認識そのものだ。
選挙支援という関係性と力の差
女性によると、山崎昭夫市議が2023年の長野市議選で初当選した際、選挙運動を手伝っていたという。山崎市議は長野県内の民放局でアナウンサーとして活動し、ニュースや情報番組を通じて一定の知名度を持つ人物だった。2023年の市議選では、日本維新の会の公認新人として出馬し、初挑戦ながらトップ当選を果たしている。
元アナウンサーという経歴は、地域社会において「顔が知られた存在」であることを意味する。そこに市議会議員という公的地位が加わることで、支援者との間には明確な立場の差が生じる。選挙を手伝った側にとって、当選後の議員は単なる知人ではなく、影響力を持つ「公人」となる。その関係性は、表面上は対等に見えても、実際には心理的な上下関係を内包している。
問題の出来事は2024年6月、松本市内の飲食店で起きた。カウンター席に並んで座っていた際、酒に酔った山崎市議から突然、同意なく口にキスをされたという。支援者と議員という関係性の中で起きたこの行為は、単なる私的トラブルではなく、立場の差を背景にした行為として重く受け止める必要がある。
政治の世界では、候補者や当選者が支援者に対して心理的優位に立ちやすい構造が存在する。だからこそ、公人には一般人以上に厳格な自己制御と倫理観が求められる。選挙支援という関係性の中で起きた今回の事案は、その前提がいかに軽視されていたかを浮き彫りにしている。
「公人だから話せなかった」沈黙の半年
女性は被害後、すぐに被害を訴えることができなかった。「相手が公人だったため半年間は誰にも話せなかった」という言葉は、権力差が被害者を沈黙させる現実を如実に示している。元アナウンサーとしての知名度、地域社会での影響力を持つ市議という立場は、被害を公にする際の大きな心理的壁となった。
2024年12月、第三者同席の場で山崎市議から直接謝罪を受けたものの、その後の態度から女性は「反省していない」と感じたという。そして同年12月24日、松本警察署に被害届を提出した。「他に被害者が出てほしくない」という思いが、告発への背中を押した。
「雰囲気だった」という典型的な認知の歪み
長野放送の取材に対し、山崎昭夫市議は、キスをした事実を認めたうえで「不同意の上でやったつもりはなく、そういう雰囲気になったと思った」「傷つけてしまったことを本当に反省している」と説明した。しかし、この「雰囲気だった」という言葉こそ、ハラスメント事案で繰り返し用いられてきた、極めて危うい認識である。
雰囲気とは、あくまで行為者側が一方的に感じ取った主観に過ぎない。相手がどう感じていたのか、同意していたのかを確認しないまま行為に及んでいる以上、それは「勘違い」ではなく、相手の意思を軽視した結果である。好意があったつもりだった、場の空気がそうさせた、拒否されなかったと思った。こうした言葉は、被害者の意思を可視化しないまま、自らの行為を正当化するための後付けの説明にほかならない。
特に問題なのは、相手が明確に拒絶しなかったことを「同意」と取り違えている点だ。
驚きや恐怖、立場の差から声が出なかった、身体が固まったという反応は、被害の現場では決して珍しくない。沈黙や硬直を同意と解釈する発想そのものが、加害者側の認知の歪みであり、現代の性暴力認識とは根本的に相容れない。
この点で、山崎市議が公人であることの意味は極めて重い。元アナウンサーとして言葉の影響力を理解してきた立場であり、市議会議員として市民に説明責任を負う存在でもある。その人物が「雰囲気だった」と語ることは、個人の弁明にとどまらず、同様の誤認を社会に温存させかねない危険性をはらむ。
刑法改正によって、同意のない性的接触は「不同意わいせつ」として明確に位置付けられた。そこでは、行為者の主観的な認識よりも、相手の意思があったかどうかが厳格に問われる。「つもりはなかった」「悪意はなかった」という説明は、行為の違法性や有責性を左右する要素ではない。
「反省している」という言葉が真に意味を持つためには、自身の認識がなぜ誤っていたのかを直視する必要がある。雰囲気という曖昧な言葉で責任をぼかす限り、その反省は自己完結的なものにとどまり、被害者の痛みや社会の変化とはかみ合わない。
今回の発言は、個人の資質の問題であると同時に、長年許容されてきた「勘違い」を象徴している。相手の同意を確認しない行為は、どのような関係性であれ許されない。その認識を社会が共有できるかどうかが、いま改めて問われている。
公人としての責任と許されない時代認識
被害女性の年齢は明らかにされていないが、56歳の市議から突然キスを迫られること自体、強い恐怖と精神的苦痛を伴う行為である。年齢や外見、関係性にかかわらず、同意のないキスが許されないことは明白だ。酒の席であったことも免罪符にはならない。
刑法改正により、同意のない性的接触は「不同意わいせつ」として明確に位置付けられている。
行為者の主観や「悪意はなかった」という説明よりも、相手の意思が尊重されたかどうかが厳しく問われる時代である。
山崎昭夫市議は、長野県内の民放局でアナウンサーとして活動した後、2023年の長野市議選に日本維新の会公認の新人として出馬し、トップ当選した。しかし2025年11月、「身を切る改革」に基づく寄付に応じなかったとして除名処分を受け、現在は無所属で議員活動を続けている。
党籍を失った後も、公人としての説明責任が軽くなるわけではない。「これまで通り議員活動を続ける」とする以上、被害を訴えた女性の声と真正面から向き合う姿勢が厳しく問われている。



