
深夜の揺れが収まったあと、青森県東方沖の海ではなお静かに地殻が軋んでいた。
8日夜に発生した最大震度6強の地震を受け、政府は「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を初めて発表した。巨大地震を予告するものではない。それでも、過去の大震災が示す「次の一撃」が頭をよぎる。
なぜ今、この情報が出されたのか。仕組みと背景、そして私たちが何をすべきなのか?
静かな海の下で何が起きているのか 初めての「後発地震注意情報」
揺れの直後、夜の町にざわめきが広がった。スマートフォンが鳴り続け、津波警報が響き、北日本の沿岸部の住民は一斉に高台を目指した。その最中、政府は初めて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表した。
対象は、日本海溝と千島海溝が連なる北太平洋の深い海域だ。ここでは海側のプレートが陸側へ潜り込み、数百年単位の周期で巨大地震を引き起こしてきた。最新の研究では、すでに切迫期に入っていると指摘されている。
今回のM7.5は、その「引き金」となる可能性をわずかに高めた。だからこそ、この情報が発表された。
予知ではなく“確率のシグナル” 巨大地震の可能性は100倍に
注意情報は、日付や場所を特定する予知ではない。
だが、世界の統計が示す事実は重い。
M7級の地震が起きたあと、500キロ以内でM8以上の巨大地震が発生した例は、1477回中17回。確率は100回に1回に過ぎない。
しかし平常時と比べると、その確率は約100倍に跳ね上がる。
海は静かに見えても、地下のエネルギーは一時的に緊張を帯び、別の断層を刺激する可能性を抱える。
安全圏ではないが、怯える必要もない。「空振り」がほとんどであることも統計が示す。だが万が一、巨大地震が発生すれば被害は計り知れない。
その危ういバランスの上に、この1週間がある。
連鎖した巨大地震 東日本大震災が残した教訓
この情報が特別に設定された理由は、歴史そのものに刻まれている。
2011年の東日本大震災。発生の2日前にM7.3の大きな地震が起きた。
「前震かもしれない」と警告する声はあったが、誰もM9.0の破局を想像できなかった。
1963年の千島海溝では、M7級の揺れの18時間後にM8級が発生した。
2025年に日本へ津波が届いたカムチャツカ半島沖(M8.8)でも、10日前にM7級が観測されている。
歴史は繰り返さないが、韻を踏む。
注意情報は、その“響き”に気づかせるための灯火だ。
南海トラフとの違い 「警戒情報」がない理由
南海トラフ地震臨時情報には「巨大地震警戒」という事前避難を伴う段階がある。一方、北海道・三陸沖にはそれがない。
理由は、南海トラフと違い、東西の震源域が連動して巨大地震を立て続けに起こす例が北日本では確認されていないためだ。
つまり、切迫性は増しても「事前避難を求める段階ではない」という判断がなされている。
“特別な1週間”にやるべきこと 日常を壊さず、動ける準備を
注意情報は16日午前0時まで続く。生活を止める必要はない。ただ、揺れた瞬間に逃げられる状態をつくることが求められる。
夜の寝室なら、足元に靴と懐中電灯。
スマホは常に満充電にし、津波のおそれがある地域は避難ルートを再確認する。
家具の固定、非常用物資の見直し、寒波に備えた防寒も重要だ。
「空振りでいい」
その気持ちで備えることが、最も確実に命を守る。



