
大谷翔平は打席へ入るたびに、相手ベンチへ向けてヘルメットのつばに軽く触れ、一礼する。礼儀を重んじる彼を象徴するこの所作が、今季、たった一人の監督に対してだけ突然消えた。
米スポーツ番組で実況アナウンサーが明かしたこの事実は、瞬く間にSNSで拡散され、ドジャースとパドレス、両軍のファンが激しい議論を繰り広げる事態に発展した。
背景には6月の“報復死球”、パドレス前監督マイク・シルトの退任、そして因縁の投手ロベルト・スアレスの存在がある。
静かな異変 大谷翔平が“挨拶をしない”唯一の監督
試合開始前の緊張が漂うフィールド。大谷翔平が第1打席に向かう瞬間は、観客の視線が一斉に集中する。彼は必ず、球審に軽く会釈し、続けて相手ベンチに視線を送り、ヘルメットへ手を添えて礼をする。その小さな所作は「メジャーで最も礼儀正しい選手」と評される象徴でもある。
しかし、ある時からその挨拶が一人の監督にだけ向けられなくなった。米スポーツ専門局ESPN-LAの番組に出演したドジャース実況アナのスティーブン・ネルソン氏が、これまで誰も気づかなかった“大谷の異変”を口にした。
「大谷は全てのチームに対してこの挨拶をしている。でも、ひとつだけ例外がある。それがパドレスのマイク・シルト監督だ」
その瞬間、番組の空気はわずかにざわついた。大谷の変化は、彼の性格からすれば最大限の拒絶とも言える行動だった。
報復死球の夜 大谷が怒りを抑え、ベンチを制した瞬間
その理由は、6月19日(日本時間20日)に起きた報復死球事件に遡る。
ドジャースタジアムは9回表の緊迫した場面でざわついていた。ドジャースの投手がパドレスのフェルナンド・タティスJr.の右手首に死球を当て、両軍ベンチが飛び出す乱闘未遂となった。
さらにその直後、9回裏二死三塁で今度は大谷が背中へ160キロの速球をぶつけられた。投げたのはロベルト・スアレス。メジャーで40セーブを挙げたトップクラスの守護神で、来日前はソフトバンクや阪神でも活躍した右腕だ。大谷の背中に刺すような音を立てて直撃したその球は、メジャーリーグでも故意死球と認定され、スアレスは出場停止処分を受けている。
スタジアムが騒然とする中、大谷は誰よりも冷静だった。飛び出しかけたドジャースベンチに向かって片手を上げ、「大丈夫だ」とジェスチャーし、味方を制止。そのままパドレス側へ歩み寄ると、スアレスに柔らかく笑顔を向けながら肩に触れ、場を落ち着かせた。
あの瞬間、乱闘は回避された。しかし、大谷の内側には静かに線が引かれていた。
「敬意は双方向」大谷が挨拶をやめた理由
ネルソン氏は番組の中で、大谷が挨拶をやめた理由をこう読み解いた。
「大谷にとって敬意とは、互いに示し合うものだ。パドレスがその一線を越えたと彼は感じたのだと思う」
大谷はスアレス個人を許しているように見える。オールスターでは互いに笑顔を見せて会話も交わした。しかし、投手に故意死球を命じるチーム文化、そしてそれを肯定する監督に対しては、沈黙のまま距離を置いた。
挨拶をやめるという、ごく小さな変化。だが大谷にとっては、それが最大のメッセージだった。
SNSは大炎上 ドジャースVSパドレスの感情がぶつかる
この“挨拶拒否”が記者によってSNSに投稿されると、米国のタイムラインは一気に火の手が上がった。
ドジャースファンは、「大谷の敬意を失ったなら終わりだ」「シルトが辞めたのは大谷に見放されたからだ」など、痛烈なコメントを投げつけた。大谷の品位と礼節を誇りに思うドジャース側は、パドレスを敬意を欠いたチームとして激しく批判した。
一方、パドレスファンは真っ向から反発した。「タティスが何度も死球を受けているのに、報復がなぜ悪い?」「大谷の挨拶なんて必要ない」とし、報復文化を擁護する声も目立った。
中立ファンは「大谷が挨拶をやめるなら、本当に深い理由があるはずだ」と推測し、議論はさらに広がった。
SNSが荒れた背景には、大谷の清廉なイメージと、シルト前監督の強硬姿勢が鮮やかに対比されたことがある。
因縁のスアレスはFAに。ドジャース移籍報道が追い打ち
炎上の最中、さらに事態を複雑にしたニュースが報じられた。
報復死球を投げたスアレスがFAとなり、ドジャースが獲得に動いているという米メディアの報道だ。
「謝罪しなければいけないのでは」「いや、勝ち続ければ過去になる」
ファンの意見は分かれたが、大谷がどのように接するのかに注目が集まっている。
スアレスはメジャーでもトップクラスの守護神であり、補強としては理にかなっている。だが、過去の因縁がファンの感情をざわつかせるのは避けられない。
“報復文化”の行方 大谷の沈黙が示すもの
報復の連鎖は、メジャーリーグに長く根付く古い慣習だ。
だが、大谷の対応はその文化に静かに疑問を投げかけている。
彼は相手を公に批判せず、ただ一つの行動でメッセージを放った。
それは、
「危険な投球を肯定するなら、敬意は示さない」
という明確な意思表示だった。
160キロの硬球は、当たりどころによっては命を奪いかねない。
大谷はその危険性を最も理解する投手だからこそ、あの日の出来事を忘れない。
来季、新監督クレイグ・スタメン、そして新たなパドレスとの対峙で、大谷は再び挨拶を送るのか。
その瞬間が訪れるまで、この物語は続いていく。



