
グーグルが発表した最新のサイバー犯罪警告が、世界のネット利用者に波紋を広げている。報告書では、個人情報流出や詐欺被害の新たな要因として「VPNアプリ(仮想プライベートネットワーク)」が名指しされた。本来、安全のために使うはずの仕組みが、いまや情報を盗む抜け道として悪用されているという。
さらに英国では、アダルトサイトへの年齢確認義務化を契機にVPN利用が急増。安全と自由、規制と監視のバランスが問われる時代に突入している。
グーグルが指摘した安全を装う危険アプリ
グーグルが2025年11月に公開した「Fraud & Scams Advisory(詐欺・スキャン警告)」によると、攻撃者が信頼されているVPNブランドを装い、利用者の個人情報を奪うアプリを拡散しているという。
「これらのアプリは情報窃取型マルウェアやバンキング型トロイの木馬を利用し、閲覧履歴や暗号資産ウォレット、銀行情報などの機微データを不正に送信します」と、グーグルは警告している。
VPNとは本来、通信内容を暗号化して安全性を高める技術だ。しかし悪質アプリの場合、その「暗号のトンネル」が逆に盗みの通路となる。無料VPNや出所不明のアプリは特に危険であり、グーグルは「信頼できる公式ストア経由のアプリのみを使用すべき」と呼びかけている。
VPNとは何か 基本構造と仕組み
VPNは「Virtual Private Network(バーチャル・プライベート・ネットワーク)」の略で、「仮想の専用回線」を意味する。
インターネットの中に自分専用の秘密の通路を作り、通信を暗号化する仕組みだ。
たとえば、カフェやホテルのWi-Fiを利用するとき、通常は通信が複数のサーバーを経由する。その途中で悪意ある人物に盗み見られる危険がある。VPNを使えば通信が暗号化され、外部からは中身を判別できなくなる。
つまりVPNとは、インターネット上に掘られた安全なトンネルのようなものだ。このトンネルを通すことで、第三者が通信内容を覗けなくなる。
VPNを使うことで得られる主な利点
- 公共Wi-Fiでも安全に通信できる
- 自分の位置情報を隠せる
- 海外限定の動画やサイトにアクセスできる
ただし、悪質なVPNを使うと逆に危険が増す。信頼性のないアプリは、暗号化を装って個人情報を抜き取る仕組みを持っている場合がある。VPNは自由を守る盾であると同時に、誤れば自分を傷つける刃にもなり得る。
VPN利用が爆発的に増えるもう一つの理由
VPNの需要が急増している背景には、単なるセキュリティ意識の高まりだけでなく、世界各国で進むネット規制の強化がある。
特に英国では、2023年に施行された「オンライン安全法(Online Safety Act)」によって、アダルトサイトへのアクセスに厳格な年齢確認が義務づけられた。
Pornhub、OnlyFans、XVideos、RedTubeなどの主要サイトが対象となり、利用者は顔写真や身分証、クレジットカード情報の提示を求められる。
この仕組みへの反発から、多くの利用者がVPNを利用するようになり、VPNの検索件数は約2500パーセント増加。VPNサービスへの新規登録者も数十倍に膨れ上がった。プライバシーを守りたい、自由にアクセスしたいという市民側の防衛反応が、VPN利用の爆発的な増加を生み出している。
児童保護の名の下に進む監視社会のリスク
英国政府は「児童をポルノ被害から守るため」と説明しているが、専門家の間では「監視社会を正当化する第一歩」との指摘もある。
年齢確認のための顔認証や身分証提出は、国家や企業に個人の閲覧履歴を握らせるリスクを伴う。さらにVPNを禁止する議論まで浮上しており、インターネット上の匿名性や言論の自由が脅かされる懸念がある。
VPNはもともと、政府の検閲を回避するために記者や人権活動家が利用してきた技術だ。それを危険なツールとみなし、一律に規制しようとする流れは、自由社会の根幹を揺るがす問題である。
悪質VPNが狙う成人サイト経由の罠
VPN広告は、アダルトサイトや動画配信サイトで頻繁に見かける。
「匿名で安全に閲覧」「年齢確認不要」といった文言で誘導し、偽アプリをダウンロードさせる手口が増加している。
こうしたアプリの多くは、インストール後に端末のデータを盗み出すか、遠隔操作する仕組みを持つ。さらに利用者のスマホが踏み台となり、他人へのサイバー攻撃に悪用されることもある。利用者が知らぬ間に犯罪の一部に加担してしまう危険性がある。
安全に使うための5つのポイント
- 無料VPNは避ける
無料の代わりに通信データを収集し販売している場合がある。 - 開発元を確認する
NordVPN、ProtonVPN、ExpressVPNなど透明性の高い企業を選ぶ。 - アプリの権限に注意する
VPNアプリが写真、連絡先、位置情報などを要求したら危険信号。 - 公式ストアでも油断しない
Google PlayやApp Storeにも悪質アプリが紛れ込むことがある。 - 怪しい広告リンクを踏まない
特にアダルトサイトや無料動画サイトのVPN広告には警戒が必要だ。
自由を守るための知識という防御
VPNは、安全と匿名性を両立させるための有用な仕組みだ。しかし「安全を守る」という名目で進む過剰な規制や、悪質アプリによる監視は、ネットの自由を静かに侵食している。
安全を求めるほど監視が強まり、監視を避けるほど危険が増すというジレンマの中で、最も重要なのは「自分で選び、判断する力」だ。VPNの仕組みを理解し、信頼できるサービスを選ぶこと。それが、インターネットの自由を守り、プライバシーを保つための第一歩である。



