
10月31日のハロウィーンを前に、東京の街が息を詰めている。渋谷では象徴ともいえるハチ公像が囲いの中に隠れ、通勤客の足音だけが響いた。
コロナ禍を経て訪日観光客が過去最多を記録する中、路上飲酒を禁止する条例を知らずに訪れる外国人が増えている。街の安全を守るため、行政と警察が一体となった警戒が始まった。
封鎖されたハチ公像 静かな朝の渋谷に緊張走る
30日朝7時。渋谷駅前の広場では、作業員たちが鉄柵を組み立てていた。観光客が足を止め、スマートフォンを構える。いつもは待ち合わせの中心に立つハチ公像が、灰色の囲いに覆われ、静かにその姿を消した。英語でSTOP TROUBLESOME HALLOWEENSと記された横断幕が風に揺れ、今年の街の決意を象徴している。
区による封鎖は、2018年に発生した軽トラック横転事件をきっかけに強化された。翌年には路上飲酒などを禁じる条例を制定し、2024年からは通年禁止に踏み切った。にもかかわらず、昨年のハロウィーンでは夜10時におよそ1万8000人が渋谷駅周辺に集まり、外国人観光客の姿が目立った。
多言語での周知、海外メディアにも訴え
渋谷区は今年、訪日観光客への情報発信を一段と強化した。センター街では英語、中国語、韓国語で路上飲酒や喫煙を控えるよう呼びかけるアナウンスが流れる。通りの電柱には、3か国語で書かれた注意ポスターが並び、外国人観光客の目にとまる。
9月下旬には初めて海外メディア向け説明会を開催し、米国や韓国、シンガポールなど15社に対して渋谷区長が直接、安全対策への理解を求めた。SNS上では、渋谷を自由に飲める街と誤解した投稿が広がっており、こうした誤情報を正す狙いもある。
ハロウィーン当日は警備員100人以上と機動隊員数百人が街を巡回し、混雑状況に応じて一部交差点を通行止めにする。警察官にはウェアラブルカメラが装着され、人の流れをリアルタイムで把握する体制がとられる。電動キックボードの利用も制限されるなど、過去にない厳しさだ。
新宿・歌舞伎町も厳戒 半数が外国人だった昨年の教訓
新宿区でも警戒が強まる。昨年、歌舞伎町での路上飲酒を禁じる条例が施行され、注意を受けた311人のうち半数が外国人だった。今年は英語のチラシや大型ビジョンでの動画配信などを行い、区職員と警備員を35人増員した。
担当者は、金曜日と重なる今年は酔客の増加が予想されるとし、「事故なく安全に終えたい」と話す。夜のネオン街では、すでにNO DRINKING ZONEの看板が灯り始めている。
SNSで広がった誤解、街が取り戻したい秩序
コロナ禍で飲食店が営業を自粛していたころ、公園や路上で飲む人の姿がSNSに投稿され、それを見た外国人が「渋谷は開放的」と捉えたことが発端だった。
今もSNS上には、ハロウィーンの夜に渋谷へ行くという投稿が相次ぐ。だが、商店街の多くの店は営業時間を短縮し、混雑を避けようとしている。センター街振興組合の理事長は、国籍を問わず誰もが安全に楽しめる街でありたいと語る。
街は試されている
ハロウィーン前夜、渋谷駅前にはまだ静けさが残る。仮囲いの中でハチ公像は、いつものように人を待つこともできない。街が抱える課題は、観光の自由と公共の安全をどう両立させるか。渋谷も新宿も、試されているのはそのバランス感覚だ。
今年のハロウィーンは、観光都市・東京が成熟したマナーと共生の形を示せるかどうかの試金石になる。



