
AI検索の覇権をめぐる動きに、新たな火種が投じられた。米AI検索エンジンのPerplexityが8月25日、新サブスクリプション「Comet Plus」を発表。AIを通じて読まれた記事の対価を出版社に還元するというのだ。これまで「タダ乗りだ」との批判を浴びてきたAI業界にとって、いわば“和解ののろし”にも見える。
CNET Newsによれば、Perplexityはこのプログラムに4250万ドル(約63億円)を投入。利用者は月額5ドル(約740円)を支払う仕組みだが、同社の「Pro」や「Max」プランに加入しているなら追加料金は不要だ。
広報責任者のJesse Dwyer氏は「クリックベイト的な粗悪情報ではなく、真に価値ある記事こそがAI時代に利益をもたらす」と強調した。もっとも、これはAI企業が抱える訴訟リスクの高まりを意識した“予防線”でもあるだろう。
収益分配のカラクリ
Comet Plusが約束する還元は、ユーザーの訪問、要約での引用、そしてAIエージェントが出版社サイトを経由して行動した際に発生する。言い換えれば「AIが記事を“かすめ取る”だけではもう済まされない」というメッセージだ。
また、基盤となる「Comet」はPerplexity開発のAIブラウザー。ウェブサイトを自動要約し、メール作成や調査といったタスクも肩代わりするという。実用化されれば、まさに“AI秘書”をポケットに入れて歩く時代の到来だ。
日本市場への波紋
日本の新聞社にとっても、このモデルは無縁ではない。朝日新聞や読売新聞はすでに生成AIとの関わりを模索しており、Comet Plusの仕組みが国内で広がれば、新たな収入源となるかもしれない。特に地方紙にとっては、AI経由のアクセスが「細いデジタル収益の命綱」となる可能性がある。
一方で、「交渉や契約の仕組みが複雑で、日本の業界が本気で乗り出すかは未知数」と冷ややかに見る関係者もいる。
ライバルとの駆け引き
OpenAIはニューヨーク・タイムズやAP通信と契約を結び、Googleも「Search Generative Experience」で出典強化を進めている。しかし出版社の不満は収まらない。「対価が安すぎる」「透明性がない」との声が絶えないからだ。
そのなかでPerplexityは、「AIエージェントによる参照」まで収益対象とするなど、他社にない切り口を提示した。大手に比べ規模は小さいが、独自性を武器に“隙間”を狙う姿勢が浮かび上がる。
ジャーナリストの本音
ジャーナリストの受け止めは複雑だ。ある記者は「これで少しでも報道のコストが回収できるなら一歩前進」と語るが、別の編集者は「実際の配分額が雀の涙なら、結局は看板倒れだ」と疑念を隠さない。
特に調査報道の現場では「AIからの引用1件で記事制作費がまかなえるのか」という根源的な問いが突きつけられている。現場からは「結局は広告モデルに近いのでは」との辛辣な声も聞かれる。
訴訟リスクと業界の行方
背景にあるのは、出版社とAI企業の緊張関係だ。ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルはすでに無断利用に法的措置を取り、OpenAIやPerplexityも法廷に引きずり出されている。
質の高い記事なくしてAIは成り立たない――だが、記事制作には莫大なコストがかかる。今回のPerplexityの試みは、業界の敵対関係を「共存」へと転換できるのか、それともまた新たな対立の火種をまくだけなのか。AI時代の報道ビジネスを占う試金石になることは間違いない。