
第107回全国高校野球選手権(甲子園)を大会期間中に出場辞退した広陵(広島)が8月16日、学校公式サイトで「本校及び本校の生徒に関するご指摘について」と題する声明を公表した。声明は同日配信の文春オンライン記事に対する回答の位置づけで、学校が文藝春秋社へ送付した回答概要(全文)を併せて明らかにした。
文春オンラインによると、記事は2015年入学の元部員A氏が「部室での暴行で半身麻痺に至った」と証言し、中井哲之監督の責任を問う内容であるが、学校側は「当該事象は集団暴行ではなく、部室ドアによる偶発的事故である」と反論した。
文春オンラインが報じた内容
文春オンラインは16日、「広陵高校野球部・元部員の衝撃告白」と題した記事を配信。2015年当時に入学した元部員A氏が、部室で複数の上級生から暴行を受けたと証言し、その結果「右半身麻痺に陥り、一時は車椅子生活を余儀なくされた」と主張した。詳しくは文春記事を読んでいただきたいが、被害者のA氏は「広陵の野球部では昔から暴力が続いており、中井哲之監督はその伝統を放置してきた」と語り、長年の隠蔽体質を指摘。インタビューでは「暗い部室に呼び出され、正座させられた上でスパイクを履いた上級生に蹴られた」との具体的な暴行シーンを証言した。
記事は、こうした暴力体質こそが2025年に表面化した事案につながり、甲子園辞退の背景になったと論じている。
学校が示した2015年の時系列 「事故」認定に至る過程
一方、学校の説明によれば、2015年9月18日夜の自主練習中、硬式野球部室の鉄製ドアが勢いよく閉まり、A氏の頭部に強く当たった。連絡を受けたコーチは来校中の外部トレーナーと救護にあたり、救急車を要請。まず近隣のX病院で検査し異常は認められなかったが、A氏が上肢・下肢の動作不良を訴えたためY病院で追加検査を受診。なお改善しない訴えがあったことから、深夜にZ病院へ移送しCT・MRI等の精密検査を実施した。検査結果はいずれも異常なしとされ、そのまま経過観察で入院となった、という。
事故発生の経緯については、翌日にコーチが部員から聴取。A氏と部員Xがドア付近でふざけていたところ、練習道具を取りに来た別の部員Yが出入りした際にドアが勢いよく閉まり、A氏の頭部に当たったとの説明だった。閉扉の瞬間を別の部員Zが目撃し、来校中のトレーナーに連絡していたという。学校は当時のコーチ、外部トレーナー、連絡が取れた部員らに再確認し、「当時把握した事実経過に誤りはない」とした。
原因については「ドアクローザー(ゆっくり閉まる機構)の不具合」が疑われ、当日中に用務員2名が応急調整。その後、安全性・利便性向上のため約2年後に当該ドアを交換した。学校は当時在職の用務員への聞き取りや記録を改めて確認済みだと説明した。なお、事故対応の一連の過程に中井監督は関与していない、としている。
「集団暴行」「スパイク履き」などの具体的描写を全面否定
学校は「暗い部室で上級生が正座を命じ、スパイクで暴行」といった描写について「把握していない」と明確に否定した。暴力行為やいじめがないよう厳しく指導しており、A氏からもそのような申告は受けていない、という立場である。
事案を暴力として認識していなかったため、広島県高野連・日本高野連への報告は不要と判断していたとも述べた。
中井哲之監督の「隠蔽」疑惑に反論 見舞いの事実は認めつつ動機を否定
学校は、中井監督がA氏の入院先(Z病院)を訪れ「少しでも早く良くなって野球を頑張ろう」と声をかけたことは認めた一方、暴力を前提としたやり取りや口止めは「存在しない」と主張した。
同日、野球部長と部員XもA氏本人を訪ね、A氏と父親に怪我について謝意とお詫びを伝えているという。学校は「暴力事案と把握されていない以上、隠蔽の動機はない」と結論づけた。
甲子園辞退までの2025年の流れ SNS告発から発表、辞退へ
文春オンラインの整理によると、発端は大会直前にSNS上で拡散した告発で、今年1月下旬、当時1年生の部員が寮内で禁止されているカップ麺を食べたことを理由に上級生複数から暴行を受け、3月に転校を余儀なくされたとされる。この事案は高野連に報告され、3月に広陵へ厳重注意が出されたが、原則として公表対象ではない扱いだった。その後、別の元部員が監督や部員からの暴力・暴言を訴え、6月には第三者委員会が設置され調査中とされた。
8月5日、高野連がB氏に関する事案を公表。批判が高まるなか、広陵は安全面を理由に8月10日の時点で大会出場辞退を発表した、という(いずれも文春オンラインによる)。
今回の声明に関して学校は、文藝春秋社からの照会を8月9日に受け、当時の記録と関係者再確認を経て8月12日に回答済みだったが、文春オンライン側の記事では多くの読者が読んだのは要約掲載にとどまったため、誤解回避の観点から一次資料の「回答概要」を16日に公開したと説明している。
この点についてSNSでは、わずか3日で調査を完了したことに、「お盆の時期に10年前の事件を3日で調査できるなんて警察も真っ青な調査力だな 新学期始まったら全校生徒の保護者が紛糾するんじゃね」といった類の批判がでている。
一方で、「10年前の事件を今さら持ち出されるのはさすがにかわいそう」といった擁護もでている。
高野連の報告・公表ルールの背景
今回の一連の問題の根底には、高野連の処分ルールがある。学生野球憲章や高野連の規則では、部内での不適切行為があっても「厳重注意」や「注意」といった軽度の処分は原則として外部公表されない。
一方で「謹慎」「出場停止」といった重い処分に至った場合は公表される。広陵の今年3月の厳重注意も本来は非公表であり、SNS上の告発によって初めて社会に知れ渡った。こうした制度設計が「世論と情報開示のギャップ」を生み出している。
過去の類似事例との比較
甲子園常連校での不祥事対応はこれまでも注目されてきた。例えば、大阪桐蔭や明徳義塾など名門校でも過去に部員の不祥事で対外試合禁止措置が下されているが、これらは公表対象の「重い処分」に当たるため表に出た。対して、軽度とされる処分や内部処理にとどまる事案は見えにくいまま処理される傾向がある。今回の広陵はSNS時代ならではの拡散圧力にさらされ、公表・辞退へと至った点が過去のケースと大きく異なる。
今後の焦点
現在、広陵高校では既に第三者委員会が設置されており、調査の進展と公表が待たれている。焦点は三つある。
第一に、2015年のA氏の件が「事故」か「暴行」かという事実認定。
第二に、部内での上下関係や寮生活といった環境要因が暴力を助長した可能性の有無。
第三に、高野連が情報開示の在り方を見直すかどうかである。
甲子園出場辞退という異例の決断は、今後の高校野球運営に制度的な変化を迫る可能性がある。