
文部科学省・科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、世界の研究動向を横断比較した「科学研究のベンチマーキング2025」を公表した。自然科学系の論文数(分数カウント)は日本が世界5位を維持した一方、被引用数上位10%・1%に入る注目度の高い論文では、それぞれ13位・12位にとどまり、主要国との格差が改めて浮き彫りになった。
NISTEPが同日公開したサマリー資料やスライドでも同趣旨の結果が明記されている。
論文の「量」は5位、「質」指標は12~13位
NISTEPの集計(対象はArticle/Review、2021~2023年平均、被引用数は2024年末時点)によれば、日本の論文数は分数カウントで世界5位。これに対し、Top10%補正論文数は13位、Top1%補正論文数は12位で、質指標では上位国に水をあけられている。中国は論文数・質指標ともに1位、米国は2位、英国は質指標で3位に入った。
研究活動の外形は堅調でも、伸び率と構造に課題
NISTEPが同日公表した「科学技術指標2025」では、日本の研究開発費・研究者数は主要国で3位と一定の規模を保つ一方、伸びが相対的に小さいことが示された。博士号取得者や研究人材の指標も横ばい傾向が続く。
国際比較の深掘り 政策設計の差が「質」指標に反映
主要国は研究の「質」を高める制度設計を進めてきた。英国は大学研究の評価制度「Research Excellence Framework(REF)」で外部資金配分の根拠を明示し、研究の質・影響を重視する評価を通じて資源配分のメリハリを効かせている。REFは次回2029年実施に向けて設計が進んでおり、年間約20億ポンドの配分の根拠となる。こうした制度的圧力が、高被引用論文の創出を後押ししてきたと見るのが筋だ。
中国は国家戦略の下で研究投資を継続的に拡大し、製造強国戦略「中国製造2025」を梃子に重点分野の研究・産業投資を厚くした。結果としてトップ被引用論文シェアの拡大や、主要分野での国際競争力の向上が確認されている。
国際共著の実現には「資金」と「時間」の壁
日本の国際共著率は過去10年で伸びてきたが、欧州主要国ほどには達していない。文科省が6月に示した説明資料では、日本の国際共著率は36.6%(2019–2021年)で、英国・独仏の約6~7割に比べると低位だと整理されている。現場では「渡航・招聘の原資が不足し、共同研究を深掘りしにくい」「産学共著は増えたが、知財の制約で論文化しづらい」といった指摘が根強い。制度面の障壁と資源の薄さが、注目度の高いアウトプットの量産を阻んでいる。
被引用の地理的偏り 数値の読み解きに注意
Top論文の被引用は国・地域内で濃密に循環する傾向がある。近年は中国の「国内から国内への引用」比率が高く、上位論文の可視度を押し上げる一因になっているとの実証研究もある。NBERの改訂版ワーキングペーパーは、中国の被引用のうち自国内からの比率が57%超と報告し、国際比較で高水準にあることを示した。こうしたバイアスを踏まえて日米欧のみの被引用で指標を見直せば順位は入れ替わる可能性があり、日本の相対順位も部分的に改善する、というのが統計解釈上の重要な視点である。
大学グループ別の構造 成果の集中と底上げの必要
大学別の成果分布は、旧帝大などの上位グループに高被引用論文が集中し、その他の大学群では比率が伸び悩む構図が続く。NISTEPはベンチマーキングシリーズで、大学ごとの分野別強みと論文インパクトの違いを継続的に可視化してきた。研究力の底上げには、上位校への集中を前提にしつつ、地域・私学を含む中位層の研究基盤・国際ネットワークを戦略的に厚くする政策ミックスが要る。
サイエンスと産業競争力の接続
高被引用論文の相対的低迷は、特許や標準化における存在感にもつながり得る。NISTEPのスライドでは、論文数の順位に比べ、ハイテク貿易収支比や「特許における論文活用度」などで日欧米中の差が明確になっている。科学知識が技術に橋渡しされる度合いを高めるには、大学・公的研究機関と企業の協働を、研究費と人材の両面で太くする必要がある。
何が求められるか
今回のベンチマーキングは、日本の研究の「量」を維持しながら「質」を押し上げる次の一手を迫っている。①質を重視する資金配分(REF型の評価とセット)、②国際共著・人材流動のボトルネック解消、③大学グループ横断のネットワーク強化、④知財と論文化の両立設計――といった政策の総動員がなければ、論文の可視度・影響力の改善は限定的にとどまるだろう。ベンチマーキングはその羅針盤として、研究と産業競争力の接続を見直す材料を提供している。
参考・一次情報(エビデンス確認用URL)
- NISTEP「科学研究のベンチマーキング2025」(サマリー・スライド、DOI付き)NISTEPnistep.repo.nii.ac.jp
- NISTEP「ベンチマーキング」専用ページ(シリーズ概要)
- 文部科学省「科学技術指標2025」公表案内(同時公表の位置づけ)
- 文部科学省資料:主要国の国際共著率(日本36.6%等の比較)
- NBER “Paper Tiger? Chinese Science and Home Bias in Citations(国内引用偏重の実証)
- 英国 Research Excellence Framework(制度概要・資金配分の根拠)