DMから始まった“見えない生き霊”の恐怖

SNSでライブ配信を行っていた20代女性のもとに届いた一通のダイレクトメッセージ。それは、女性のふりをしたアカウントから送られてきたもので、「生き霊が見える友人がいる」と紹介され、間もなく自称霊媒師の佐藤晋悦容疑者(28)とつながることになった。佐藤容疑者は「あなたの顔が見えないほどの強力な生き霊が憑いている」と吹き込み、「除霊には“特殊な方法”が必要だ」と強調したという。
その“方法”とは、なんと肉体を使った祓いであると称し、「霊はあなたの子宮に宿っている」「性の交わりでしか祓えない」と説き伏せた。女性は強い不安を抱きながらも、命に関わるかもしれないという恐怖に駆られ、東京の自宅に佐藤容疑者を迎え入れてしまう。
3日間の“除霊行為” 信じた心につけ込む巧妙な言葉
佐藤容疑者は交通費を女性に負担させて上京。自宅に上がり込むと、そのまま3日間にわたって居座り続け、「除霊の儀式は1回では終わらない」「一度抜けた霊がまた入ってきた」などと言いながら、複数回にわたり性交を強要したとされる。女性は拒否の意思を示していたが、霊的な脅しに加えて、「途中でやめると危険だ」と繰り返し不安を煽られたという。
被害に遭った女性は、佐藤容疑者が帰宅した直後に交番へ駆け込み、事件が発覚。警視庁は6月24日、不同意性交の疑いで佐藤容疑者を逮捕した。佐藤容疑者は「合意があった」と容疑を否認している。
“スピリチュアル詐欺”は氷山の一角 性加害の温床としての霊感商法
今回の事件は、霊感商法が性加害の手段として悪用される現実をあらためて浮き彫りにした。霊感商法といえば、開運グッズの販売や高額祈祷料の請求が一般的な手口とされてきたが、近年はより“密室型”かつ“対人操作型”の詐欺が増えている。
「チャクラを整える」として身体を触診するヒーラー、「前世のカルマが宿っている」として性的行為を迫る開運セミナーの講師、あるいは「神の啓示で導かれてきた」などと称するグル系カウンセラー。これらはすべて、霊的な権威性を利用して、対象者の不安や承認欲求につけ込み、性的関係を結ぼうとする点で共通している。
警察関係者によると、こうしたケースは水面下で数多く存在し、被害者が泣き寝入りする例も少なくないという。
なぜ信じたのか 被害者心理に潜む“信じたい心”の罠
ネット上では「こんな話に騙される方もおかしい」といった声も一部に見られた。だが、専門家によれば、それは大きな誤解だという。
被害女性は、普段からSNSを通じて人とつながる一方で、孤独を抱えていた可能性がある。ライブ配信という「誰かに見られている空間」は、承認欲求を満たす場であると同時に、自己肯定感が揺らぎやすい場所でもある。そんな時、「あなたには特別な力がある」「霊が見えるのは選ばれた人だけ」といったメッセージを受け取れば、それが詐欺であっても“救い”にすり替わってしまう。
人は一度「信じた」と思い込んだ事象を否定しにくくなる。これを「確証バイアス」や「認知的不協和」と呼ぶが、まさにその心理を逆手に取った犯行だった。
法整備と教育の遅れ “霊的性加害”は裁けるか
2023年に成立した不同意性交罪は、従来よりも広く“同意の不存在”を立証可能にした点で、今回のような事件にも適用できる枠組みを整えつつある。しかし、「霊が憑いているから性行為が必要」といった状況での同意錯誤を法的にどう捉えるかは、今なお判断が分かれる部分もある。
また、スピリチュアルや民間ヒーリングに対する規制や指導がほとんど行き届いておらず、加害を“自己責任”に転嫁しやすい構造が放置されている。専門家は、性教育と並行して、「霊感詐欺による性的支配」についても啓発する必要があると警鐘を鳴らしている。
信じた心を責めるな
佐藤容疑者は、今後の取り調べで事件の経緯をどこまで語るのか注目される。だが、明らかにしておくべきは、このような事件は「騙されたほうが悪い」で済ませられる問題ではないということだ。
「信じたくなる心」は、誰にでも存在する。その隙間に入り込む者をこそ、裁かれるべきなのである。