
「次の土用の丑の日、うな重が1万円ってこともあるかもしれませんよ」
そんな冗談ともつかない話が、いま鰻業界の関係者の間でささやかれている。
発端は、欧州連合(EU)が打ち出そうとしている“ある提案”だ。ニホンウナギをはじめとする18種のウナギ類を、ワシントン条約(CITES)の国際取引規制リストに加えるかどうか――。
決定は6月27日までに下される見通しだが、日本の食卓と食文化にとっては、まさに“死活問題”となる。スーパーで気軽に買えたパックの蒲焼は消え、老舗の鰻屋は廃業危機に直面。主婦も店主も絶句する、“うなぎ冬の時代”が現実のものになりつつある。
いま、日本の鰻文化が、静かに追い詰められている――。
「土用の丑の日にウナギが消える」? EU提案がもたらす衝撃
「これで“土用の丑の日”がなくなっちまうよ――」
東京都台東区の老舗鰻店の店主は、顔をしかめてタレ瓶を握りしめた。普段は飄々とした語り口の店主だが、話題が“ワシントン条約”に及ぶと眉間のしわが深くなる。
「うちはな、先代が神田川で獲れたウナギを天秤で運んでいた頃から、江戸前の焼きで勝負してきた。けど今やウナギの7割は中国頼み。もし輸入が止まれば、国産だけじゃ店を回せねえよ。値段? そりゃあ、並のうな重で5,000円超えるだろうね。うちの常連も“うなぎ屋に行くくらいなら旅行行ける”なんて冗談にならねえこと言ってる」
それもそのはず。欧州連合(EU)は今、ニホンウナギを含む18種をワシントン条約の規制対象に含める案を本気で進めている。6月27日が提案の期限。掲載されれば、今後は科学的根拠に基づく許可証が必要となり、取引のハードルが一気に跳ね上がる。
「要するに、ウナギを“密輸品”みたいな扱いにされかねないって話だろ?」と森田さん。
「いくら資源保護が大事でも、文化まで絶滅させてどうすんだっての」
日本政府は、水産庁を中心に「資源量は約1万7000トンで回復傾向にある」と反論しているが、EU側は「いやいや減ってる」と譲らず。しかも中国が池入れ制限を大幅にオーバーしていたことも発覚し、四カ国の“ゆる管理”体制に疑義も向けられている。
スーパーでちくわ蒲焼が増加? 消費者も戸惑う“高級化”
ウナギを食べられなくなるのは、高級料亭の話だけではない。スーパーでパックの蒲焼を手に取っていた主婦・佐藤美智子さん(58)はこう語る。
「土用の丑の日には毎年買ってたけど、最近はちょっと手が出ない。これ以上値上がりしたら、“ウナギごっこ”でちくわにタレ塗るしかないわよ」
この“ちくわ蒲焼”現象、実はすでにネット上でも話題になっており、「スーパーの蒲焼が高すぎるから、ちくわにタレつけて子どもに出したら『ウナギよりうまい』って言われた」なんて投稿がバズっている。
ウナギの未来と日本食文化の行方 規制の正義は誰のものか
だが、笑い話では済まされない。食文化は生きた歴史だ。日本で「鰻を食う日」が消えれば、次に消えるのは「正月の黒豆」「節分の恵方巻」かもしれない。
「規制には反対しない。でも、それが現場や文化をどう壊すのか、わかっててやってるのか?」と森田さんは静かに言った。「政治家も条約交渉官も、たまにはうちの鰻食ってから考えてほしいね」
ワシントン条約の会議は11月、ウズベキスタンで開催される。鰻の運命とともに、日本の“食の原風景”も審判の日を迎えようとしている。