イスラエル・イラン紛争の激化により、世界の原油供給の要衝であるホルムズ海峡封鎖の懸念が現実味を帯びている。原油価格の高騰、保険料の急上昇、サプライチェーン混乱といった影響は、日本経済と企業活動にどのような波紋を及ぼすのか。
本記事では、「もしもホルムズ海峡が封鎖されたら?」ということを踏まえて解説する。
ホルムズ海峡とは?世界のエネルギーを支える“動脈”
ホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾をつなぎ、全長約160キロ、最も狭い地点で約30キロという海上の“チョークポイント”である。北岸にイラン、南岸にUAEとオマーンが位置し、地政学的緊張が高まるたびに注目される海域だ。
米エネルギー情報局(EIA)によると、2024年時点で日量約2,090万バレルの原油がこの海峡を通過しており、これは世界の石油海上輸送の20%に相当する。液化天然ガス(LNG)も世界供給量の約25%が通過する。これらの数字が示すように、ホルムズ海峡は単なる航路ではなく、世界経済の基盤を支える“動脈”である。

市場が織り込み始めた封鎖リスク
6月13日、イスラエルによるイランの核関連施設への攻撃を受け、原油先物市場は即座に反応した。ニューヨークWTI原油先物価格は一時77ドル台、ブレントも76ドル台に上昇。中東の緊迫化が価格に与える影響は大きく、実際の封鎖が起きなくとも「可能性の上昇」がすでに価格を押し上げている。
こうした局面では、市場は「リスクプレミアム」を織り込む。先物価格では直近限月が先物よりも高くなる“バックワーデーション”が顕著となり、需給逼迫の懸念を反映している。加えて、ホルムズ海峡経由のタンカー保険料も通常の0.2%前後から1%近くに急騰しており、1航海ごとに数百万ドル規模の追加コストが発生している。保険料の上昇は、最終的に運賃・燃料コストに転嫁される形で消費財価格にも波及する。
日本経済にとっての“生命線”
とりわけ深刻なのは、日本のエネルギー供給におけるホルムズ海峡の位置づけだ。日本は原油の9割以上を中東に依存し、その多くがホルムズ海峡を経由して輸入されている。仮に同海峡が封鎖されれば、原油やLNGの供給が滞り、燃料価格の急騰は避けられない。
封鎖された場合、電力やガソリン価格の上昇は家計に打撃を与えるだけでなく、製造業を中心に企業のコスト負担が急増し、景気の下押し圧力が強まる。とくに中小企業やエネルギー多消費型の業種では価格転嫁が難しく、収益の悪化につながる恐れがある。また、エネルギー価格の高騰は物流や食料品など幅広い分野に波及し、物価上昇と消費の冷え込みが重なれば、日本経済全体への影響は深刻なものとなる可能性があるのだ。
代替ルートの限界とボトルネック
仮にホルムズ海峡が封鎖された場合、湾岸諸国はすべてが代替ルートを持つわけではない。サウジアラビアは紅海側のヤンブー港に通じるパイプライン(東西パイプライン)を保有しているが、既にフル稼働に近く、UAEもフジャイラ港へのパイプラインで日量150万バレルを回避できる程度にとどまる。
EIAによれば、海峡封鎖時に現実的に迂回可能な日量は約260万バレルに過ぎず、通常の2割弱にすぎない。この構造的な制約があるため、市場の懸念は単なる「軍事的衝突」ではなく、実際の供給寸断に対しても向けられている。
アジアのリスク、中国・インドの影響
実は、ホルムズ海峡を通過する原油の約8割はアジア向けである。中国は原油輸入量の約半分を中東に依存しており、国家備蓄は40日程度のカバーしかないとされる。インド・韓国も備蓄量に限界があり、封鎖が長期化すれば戦略備蓄の放出だけでは対応が困難となるだろう。加えて、海峡回避のためにアフリカ沿岸経由の航路を使えば、輸送日数と運賃が増加し、世界全体の物流コストが跳ね上がる。中国は政治的にも経済的にもイランと関係が深く、海峡封鎖によって同盟国の中国をも敵に回すリスクがあることから、イランにとっても慎重な判断が迫られる。
米国・欧州も無関係ではない
米国の中東原油依存度は相対的に低く、アメリカ国内のシェールオイルで自給が可能となっているが、世界原油価格の上昇はガソリン価格に直結する。インフレ懸念が強まればFRBの利下げ観測にも影響を与えるほか、欧州でも製造業・運輸業のコスト圧力が強まり、景気減速に拍車をかける可能性がある。
封鎖の実行可能性と過去の教訓
これまでイランがホルムズ海峡を完全に封鎖した例はない。1980年代のイラン・イラク戦争ではタンカー戦争が激化したが、実際に海峡通過が完全に止まることはなかった。近年では封鎖をちらつかせる外交カードとして使用することが多い。
仮に今回、実際の封鎖に踏み切れば、イラン自身の原油輸出が止まり、経済制裁以上の打撃を受けることになる。最大の石油輸入先である中国や他の湾岸諸国との関係も悪化しかねず、イランにとっても“最終手段”としての意味合いが強い。
だが、米国の軍事関与やイスラエルによる追加攻撃があれば、報復として封鎖に踏み切るリスクは否定できない。戦況次第では、部分的な海上妨害やドローン攻撃によって「事実上の封鎖」状態が続く可能性もある。
世界が直面する“見えないリスク”
ホルムズ海峡の機能停止は、単なる石油の供給減だけでは済まない。輸送ルートの不安定化、保険料の上昇、物流の遅延、国際協調の崩壊など、複数の経路で経済と市場に影響を及ぼす。これは、戦争がもたらす“オイルショック”と言えるだろう。
そしてこれは中東だけの問題ではない。グローバルなエネルギー構造の脆弱性をあぶり出す今回の事態は、あらためて再生可能エネルギーへの移行やサプライチェーンの分散といった長期的視点からの政策見直しを世界に迫っている。
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