米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOが、米国鉄鋼業界の再編に向けた動きを巡る記者会見で日本を激しく批判する発言を行った。
同氏は、中国の過剰生産とダンピング(不当廉売)問題に関して、日本が中国に技術供与を行ったことが原因だと主張し、物議を醸している。
「中国は悪だ。しかし日本はもっと悪い」
ゴンカルベス氏は、米鉄鋼大手USスチールの買収に意欲を示しており、その文脈で中国と日本の関係に触れた。同氏は記者会見で次のように述べた。
ゴンカルベス氏
「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピングや過剰生産の方法を教えた」
さらに、太平洋戦争での日本の敗戦を念頭に、日本に対して「1945年から何も学んでいない」とも発言し、米国内でも反響を呼んでいる。米ニュースサイト「アクシオス」は、「反日的な言葉に満ちた記者会見」と報じた。
米国の孤立主義と保護主義の進展
一方、日本国内でもこの動きは注目されている。元経済財政担当相で経済学者の竹中平蔵氏は、12日に放送された読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演し、米国の孤立主義と保護主義が経済に与える影響について解説した。
竹中氏は、トランプ政権以降の米国の経済政策について「関税は引き上げられるだろう」とし、「保護主義が進めば、アメリカ国民の生活水準を下げるだけでなく、世界全体に悪影響を及ぼす」と指摘している。
背景には、米国が自国の製造業保護を目的に関税政策を強化し、輸入鉄鋼に対する関税を引き上げている現状がある。また、バイデン政権が日本企業によるUSスチールの買収を阻止したことについても、米国が自国の鉄鋼業界を守ろうとする孤立主義的な政策の一環と見られる。竹中氏はこれについて、「米国が国際市場からの孤立を深めることは、結果的に世界経済の安定を脅かす」と警鐘を鳴らした。
クリーブランド・クリフスとは?
ところで、クリーブランド・クリフス(Cleveland-Cliffs)とはどういった会社なのか。同社は米国最大の鉄鉱石ペレット生産企業であり、180年以上の歴史を持つ鉄鋼メーカーである。同社は鉄鉱石の採掘から製鉄までを一貫して行うビジネスモデルを展開しており、2022年には粗鋼生産量が約1680万トンに達している。
近年では、アメリカ国内での鉄鋼業界再編に積極的に取り組んでおり、2020年にアーセラー・ミッタルUSAの買収を完了し、北米最大の圧延平鋼メーカーとしての地位を確立しているようだ。また、同社は自動車、建設、家電などの多様な産業向けに先進高強度鋼(AHSS)や溶融亜鉛めっき鋼などの製品を供給していることで有名。
同社のローレンコ・ゴンカルベスCEOは、積極的な買収戦略で知られており、USスチールの買収計画もその一環と思われる。彼は、米国鉄鋼業界の国際競争力を強化するために、国内の製造業の復興を重視している一方、過激な発言で物議を醸すことも少なくないようだ。
何より、今回のUSスチールの買収計画も、ゴンカルベスCEOがバイデン大統領と会談した直後に買収提案が公表されたことが指摘されている。
日本と中国の鉄鋼業界の関係
クリーブランド・クリフスが日本製鉄を痛罵する、中国への技術供与とは何か。実は、中国の大手鉄鋼メーカー「宝山鋼鉄股份有限公司」(以下、宝鋼)は、1977年に新日本製鉄(現・日本製鉄)や川崎製鉄(現・JFEスチール)の協力で設立された経緯がある。日本製鉄は長年にわたり中国に技術供与を行い、現地での操業指導や研修生の受け入れを行ってきた。
こうした日中の協力の発端は、1972年に田中角栄政権が日中国交正常化を電撃的に実現したことにあるようだ。国交正常化直後、周恩来首相が新日本製鉄の稲山嘉寛社長と会談し、武漢製鉄所の近代化を要請。続いて来日した鄧小平副総理は、稲山氏に中国での新鋭製鉄所建設を依頼した。この依頼を受け、日鉄は延べ1万人もの人員を動員し、1985年に宝山鋼鉄の中核をなす上海宝山製鉄所が完成したことが過去の日経新聞などで報じられている。
当該プロジェクトは日中経済協力の象徴となり、当時、鄧小平氏は新日鉄を「先生」と評し、自国を「生徒」と呼んだことでも知られる。その後、宝山は2016年に武漢製鉄所と合併して中国宝武鋼鉄集団が誕生し、世界最大級の鉄鋼メーカーとしての地位を確立した。
しかし、日中の立場は時代とともに変化し、蜜月関係から競争へと移行していく。特に2021年、日本製鉄が宝武鋼鉄を特許侵害で提訴したことで両社の関係は悪化した。
この訴訟は、電気自動車(EV)に欠かせない無方向性電磁鋼板に関する特許を巡るものであり、かつての協力関係に陰りが見え始めた象徴的な出来事となった。こうした歴史が、現在の鉄鋼業界再編の背景にも影響を与えている。
宝山鋼鉄の急成長と業界での地位
宝山鋼鉄は、現在では中国宝武鋼鉄集団の中核企業となり、世界最大級の鉄鋼メーカーに成長している。同社は、2023年時点で年間粗鋼生産量が1億2000万トンを超え、世界市場で圧倒的な地位を築いている。
売上高は2023年度に約1617億ドル(約22兆円)に達し、従業員数は20万人を超える。同社は鉄鋼業界での規模と影響力の面で他を圧倒しており、特に中国国内の需要を支える巨大企業として存在感を示している。また、環境技術の導入にも積極的で、低炭素化に向けた取り組みも進めている。
米鉄鋼業界の再編と新たな覇権争い
話をクリーブランド・クリフスに戻すと、同社は同業のアメリカ1位企業ニューコアと協力してUSスチールの買収を検討という報道がBloombergより14日伝えられた。事情に詳しい関係者によると、クリーブランド・クリフスがUSスチールの大半を取得し、ニューコアが同社の効率的な小規模製鉄所、電気炉式の製鉄技術(ミニミル)部分を取得する案が進められているという。この計画は非公開の情報であり、最終決定は下されていないものの、両社は依然として取引の可能性を模索しているとのこと。
また、米経済専門局CNBCの報道でも、クリフスがUSスチール全体を現金で買収し、その後にUSスチール傘下のビッグリバー・スチールをニューコアに売却する案が浮上していると伝えられている。買収提案価格は1株当たり30ドル台後半になる見通しである一方、日鉄の提示額は1株55ドルであった。この報道を受けてUSスチールの株価は一時37.75ドルまで急騰している。
クリフスのゴンカルベスCEOは、ペンシルベニア州で行った記者会見で「われわれは日鉄の取引が破棄された時点で行動を起こす」と述べ、USスチールの名称採用やピッツバーグへの本社移転を含む計画を明かした。この発言は、米国企業が米鉄鋼業界の主導権を取り戻し、国際的な競争に打ち勝つ意志を示している。
また、「私は買収したい。計画がある」と述べ、米国内企業のみでの解決策を提示することで、国内産業保護の姿勢を明確にした。
ニューコアとは?
ニューコア(Nucor Corporation)は、米国最大の電気炉製鉄会社であり、「ミニミル」と呼ばれる効率的な小規模製鉄所を運営することで知られている。ニューコアは、建設、自動車、製造業など、さまざまな産業向けに鋼材を供給しており、年間粗鋼生産量は約2600万トンに達している。
米国の政策に対する懸念
USスチールの買収を巡る動きは、米鉄鋼業界における再編の一環として注目されている。日本製鉄は、環境技術を武器にUSスチールの買収を目指していたが、バイデン政権の阻止により計画は頓挫した。その一方で、クリーブランド・クリフスは新技術の導入を期待できない中、米国の保護主義的な政策を背景にUSスチールの買収を進めようとしている。
日本製鉄がUSスチールを買収していれば、環境技術の導入により米国鉄鋼業界の生産性向上が期待された。しかし、クリーブランド・クリフスがUSスチールを取得することで、米鉄鋼業界の高コスト体質は改善されず、国際競争力の低下が懸念されている。
実際に、竹中氏は、米国の孤立主義と保護主義が世界経済に与える影響について、「アメリカが世界の警察役を放棄すれば、国際的な和平交渉も困難になる」と述べ、米国の姿勢転換がもたらすリスクを強調した。
日本の課題と今後の対応
クリーブランド・クリフスによる激しい日本批判は、日本製鉄を一層厳しい状況に追い込む可能性がある。特に、日本製鉄は宝山鋼鉄をはじめとする中国依存から脱却し、米国市場に軸足を移そうとしていたが、その戦略が頓挫しかねない事態に直面している。米国での買収計画が頓挫することで、日本製鉄は米国市場での影響力を失うばかりか、アジアにおける地位も失いかねない。
日本製鉄にとって、この状況からいかに立て直すかが今後の大きな課題となるだろう。何より、考えるべきは、日米でもめるこの展開が誰の利となっているのかだ。
いまごろ、かつての「生徒」である宝山鋼鉄は日本製鉄の苦境を嘲笑っているだろう。