AI技術が直面する課題について、著作権の観点から紹介する。
暮らしから仕事まで浸透するAI
AIはさまざまな業界、場面で活用が進んでおり、個人的に日常生活で活用している人も多くいる。チャットボットなど、見えるところで活用されている場合もあれば、データ解析等のユーザーには見えない部分に使われている場合もあり、スマートフォンやパソコンなどのデジタルに触れている限りAIの恩恵を受けていない人はいないと言っても過言ではないだろう。
AI技術そのものも日々進化しており、ChatGPTを開発するOpenAIは、セキュリティやプライバシーが強化されるなどした大企業向けのchatGPTのリリースを2023年8月28日に発表した。それにより、企業でのさらなる利用拡大が期待される。
また、AIは企業だけでなく、自治体も導入し始めている。自治体の中でも早い段階で生成AIに着目した三重県の桑名市は、2023年7月から行政文書の作成に活用する実証実験を開始した。自治体の職員は文書の作成が業務の大半を占め、そのための過去の文書閲覧やインターネット検索、近隣自治体への問い合わせなどに膨大な時間を割くという。しかし、そこにAIを活用することで、その時間を大幅に削減することができるのだ。
AIは私たちの生活をより快適なものにしてくれる。AI搭載の家電によってよりストレスのない暮らしができるようになり、AIの分析によって興味のある情報が次々に入ってくるようになり、たたき台や文章の作成をAIに任せてより効率的に仕事ができるようになり、と良いこと尽くしだ。
AIがはらむ危険性
しかし、このような素晴らしく便利なものがノーリスクで使えるはずもなく、AIが登場してからその倫理についてはさまざまな場所で議論がなされている。AIによって人の仕事がなくなることや、人の創造性や考える機会の喪失、何かあった際の責任の所在など、議論すべきことが山積みだ。
また、採用などにAIを採用した場合、学歴や性別、人種などの特徴から不公平な結果を出すなど人間の偏見や差別を反映したり増幅したりする可能性があり、ある種の危険性もはらんでいる。
そして、AIによって生成された文章や絵などの信憑性や適法性は常に疑わなければならない。ChatGPTに何かを質問してみると、何食わぬ顔でウソが混ざった情報を出してくることがある。絵に関してはその学習元が既存の作品である以上、著作権を侵害するものになっていないか確認することが必要だ。
AI文章のウソに脅かされる安全
AIが書いた書籍も多数出版されており、その中には「キノコ採りガイド」なるものもある。
しかし、イギリスの大手新聞であるThe Guardianによれば、キノコ狩り専門家が「こうした書籍に含まれるアドバイスには危険なものもあるため買うべきではない」と警告しているという。
イギリスのキノコ採りガイド兼フィールド菌類学者であるレオン・フレイ氏が見たそうした書籍の中には、食べられるキノコを識別する方法として「匂いと味」を参考にするというアドバイスが含まれていたそうだ。当然ながら、食べられないキノコを味で識別してしまっては意味がなく、最悪の場合は命を落としかねない。キノコの識別は専門家でも難しく、そうした高度なことをAIやその情報に頼るのは危険を伴う場合もあるのだ。
イラスト業界のAIトレパク問題
イラスト業界では「AIトレパク」が後を絶たず、問題視されている。「トレパク」とはトレースによるパクリ行為のことだ。
最近では手塚治虫の娘婿であり、知名度のある漫画家の手塚憲一氏がSNSに投稿した絵にAIトレパク疑惑が出た。該当の絵はファンアートとして投稿されたもので、『風の谷のナウシカ』や『AKIRA』などの有名作品のものが含まれており、元の絵とそっくりなことに加え、AIイラスト特有の現象が見受けられる。
AIによるイラストは、複雑さなどのために解析できなかった部分が不自然になることがある。手塚氏のイラストを見ると、確かに指が不自然になっていたり、元の絵では文字だったものが文字か柄か分からないものになっていたりする。
今やプロのイラストレーターのような絵は、AIで誰でも簡単に出力できるようになってしまった。例えば、画像生成AIの「img2img」に画像を読み込ませ、プロンプトと合わせて画像を生成すると、読み込ませた画像を踏襲した新しいイラストを作ってくれる。また、既存のモデルに好きな絵柄やキャラクターを追加学習させる「LoRA」という手法を使うと、好きな絵師の画風を再現していろいろなイラストを作れるようになる。
こうした技術は、適切に使われて多くの人が楽しめるコンテンツとなっている場合もあるが、一方で元の絵を描いた絵師に大きなダメージを与えていることもある。
AIが生成したものに関する問題が表面化してきているが、まだそれを規制する仕組みが不十分だ。内閣府が発表しているAI戦略チームの資料によれば、著作権は「思想又は感情を創作的に表現した」著作物を保護するものであり、単なるデータ(事実)やアイデア(作風・画風など)は含まれない。
「必要と認められる限度」を超える場合や「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は、著作権者は著作権侵害として損害賠償請求・差止請求が可能であるほか、刑事罰の対象ともなるが、元の絵を描いている絵師たちが何十年とかけて創り上げてきた作風や画風単体としては著作権の適用の範囲外になることが往々にしてあるのだ。
求められるAIに関する規制
こうした状況のなか、2023年9月6日、日本新聞協会など世界の報道・メディア26団体が「世界AI原則」を発表した。これは生成AI技術の開発や規制に関する考え方をまとめたもので、「知的財産」や「透明性」などの8分野でコンテンツの無許諾使用の防止などを求めている。また、AIシステムの開発者らに対して、知的財産権を尊重しなければならないと強調し、明示的な許可がないのにAIにコンテンツを学習させるべきではないと指摘した。
今は規制がないために、何でも自由に学習させて模倣することができてしまい、スタジオジブリやディズニーの絵柄も模倣され、写真をその画風に加工するのが流行した。
権利問題としても早急な対応が求められるが、それ以上に文化活動を守るためにも規制が必要だ。このままでは、絵をかいたり、文字を書いたりという創造的な活動が廃れ、新しいものが生まれにくくなってしまうかもしれない。
先述したように、AIは生活を豊かにしてくれる非常に便利なものである。しかし、それは適切に使うことができる場合のみだ。悪意を持って利用したり、鵜呑みにしたり、適切に操作できなかったりすれば、私たちはAIに翻弄され、大切なものを失いかねない。
AIを便利に使いこなし、私たちが人間らしく営んでいくためには、「共存」ではなく「利用」の意識が重要なのではないだろうか。あくまでも便利な一つのツール、手段として、使う側でい続けなければならない。そのためには私たち利用者のモラルやリテラシーが必要不可欠だ。
[参考]
オープンAI、チャットGPTの大企業向けバージョンをリリース | ロイター
行政文書の素案作成をAIに任せ、職員が住民に寄り添う環境を整える | 自治体通信Online
AI倫理とは?定義と背景、問題点と取り組み事例などを紹介します! | アンドエンジニア
手塚治虫の娘婿で漫画家・手塚憲一(桐木憲一)氏のSNS投稿作品にトレパク疑惑 「認識不足が原因」謝罪もそもそも描いていない?追求された「AIイラスト生成」疑惑 | 週刊女性PRIME
ASCII.jp:「AIトレパク」が問題に (1/3)
キノコ専門家がAmazonで売られている「AIが書いたキノコ採りガイド」を買わないよう呼びかけ、命に関わる危険も – GIGAZINE
AI戦略チーム(関係省庁連携)(第3回) – 総合科学技術・イノベーション会議 – 内閣府
生成AI開発や著作権に「世界原則」…知的財産保護や透明性確保要求、日本新聞協会も賛同