大中忠夫(おおなか・ただお)
株式会社グローバル・マネジメント・ネットワークス代表取締役 (2004~)
CoachSource LLP Executive Coach (2004~)
三菱商事株式会社 (1975-91)、GE メディカルシステムズ (1991-94)、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタントLLPディレクター (1994-2001)、ヒューイットアソシエイツLLP日本法人代表取締役 (2001-03)、名古屋商科大学大学院教授 (2009-21)
最新著書:『持続進化経営力測定法』2022
前回のコラムでは、日本株式会社は生き残れるか?というテーマで話を展開しました。
持続進化経営力の構築 | 持続進化経営力を要素分解する。
日本経済とそれを実現する産業競争力を回復し、さらに進化成長を再開するためには、実体経済の基盤である会社群からの短期業績経営排除が必須条件となります。しかしそれだけでは十分ではありません。日本株式会社を20年以上衰退させてきた短期業績経営を排除したうえで、新たに進化成長させていく、21世紀版の持続進化経営力を構築して稼働する必要があります。
ところで、持続進化経営力とはどのようなものかをまず見ていきましょう。具体的に要素分解します。まずは、持続進化経営力を定量測定した3つの指標が何を測定しているのかに着目します。
企業総生産 (GCP)は、会社の社会全体に対する正味の産出価値とその増減を測定するものです。会社の価値創造の実現力、すなわち会社を構成する社員とマネジメントの価値創造の実現力を測定しています。
次に企業総投資 (GCI) は企業の持続進化のための正味の投資総額とその増減を測定しています。会社の価値創造の支援力、すなわち会社経営チームによる価値創造の体制力を測定しています。
持続進化指数 (CSI) は、価値創造実現力に対する価値創造体制力の梃子(てこ)効果、創造体制力が創造実現力を産み出している影響効果を示しています。
以上に基づいて、持続進化経営力を、会社の全社員による創造実現力と経営チームによる創造体制力の二つに要素分解します。これは、現実に会社を動かしている原動力の両方を包含していますから、常識的にも納得できるでしょう。
なお、創造体制力と創造実現力を具体的にどう増強するかについての詳細記述は本稿の主旨と構造を超えますので、以下その必要戦略とその要点を説明します。詳細については、2014年既刊の『持続的な進化を実践するマネジメント技術体系』(上・中・下)、『持続的な進化を実現する企業経営戦略体系』および今秋発刊予定の『持続進化経営力構築法』ご参照ください。
創造体制力の増強戦略
会社定義を「株主財産」から社会全体の「経済基盤」に
社員と経営チームの全員が、会社は経済全体の進化成長の原動力であることを納得する。したがって、全エネルギーを経済全体の一部でしかない株主あるいは投資家のみに投入することの片手落ちを納得する。そして会社が株主の財産であり所有物であるする20世紀末以来継承され続けてきた「刷り込み」を明確に排除する。これが第一歩です。
会社は株主財産ではなく、社会経済の基盤であり構成単位。図1の東証プライム50社の企業総生産一覧でも、そのトップグループ企業には、すべて共通に「会社は社会の公器である」とする創業理念が存在します。
特に企業総生産が日本の国内総生産(2021年単年度名目540兆円)のほぼ1%規模のトヨタ自動車(第2回掲載図1)は、企業総生産増減率=0.9%>0 (第2回掲載図2)、企業総投資増減率=0.8%>0 (第2回掲載図4)、持続進化指数=1.07>1.0 (第2回掲載図5)と持続進化経営力指標の要求標準値をすべてクリアしています。これはトップ10社の中ではトヨタ自動車のみです。
同社にも「社会のために、社員を大切にして、研究開発に邁進する」主旨の創業理念があります。( 注:豊田綱領。最近では豊田家家訓からトヨタ自動車社員の共通価値観トヨタウェイ2020/行動指針に展開。)しかし、企業総生産規模トップグループの他社との明確な違いは、経営トップが、「会社は株主のみの専有物ではなく社会経済の全体に貢献する」ものであるとする信念を頻繁に発信するのみでなく、短期業績経営を超える中長期経営戦略を明確に掲げて推進している点にあります。
グローバル自動車業界全体がEV化に集中傾斜する中で、同社はEV戦略だけではなくエンジン技術を進化させる他の3戦略も同時進行させています。この戦略は、人類史の画期的発明であるエンジン技術の持続進化のみでなく、その技術に依存する人々の生活、さらには全世界の電力供給力限界をも考慮しています。会社が株主財産などではなく、社会経済の重要な基盤単位であることが、トップの言行一致で明らかに実践されています。
短期業績経営の実現体制を解体する | 会社価値を企業総生産、企業総投資、持続進化指数で評価
短期業績経営の本質でもあり急所でもある当期利益と総資本利益率の二つに代わる最重要経営指標として、新たに企業総生産、企業総投資、持続進化指数、の三つを導入します。旧来の二つがいわば投資家経済体制下における会社生産価値の評価指標であったのに対して、これら三つは日本社会と経済の全体に対する開かれた会社創出価値の評価指標です。それゆえに社会全体の進化に同期して会社経営を持続的に進化させる連結歯車ともなります。
この経営評価指標の新旧交代によって、企業経営者は、新たに自己評価体制を確立することもできます。その結果、自身の制御を超えた不確定要素ともいえる株価変動に対する日常的な不安状態からも解放されます。そして何よりも、過去20年以上続いた、当期利益を最優先する経営習慣と総資本利益率への無条件信奉を捨て去ることが可能になります。
さらに、企業経営者が自身の社会経済全体に対する価値創造力を自己評価できるようになれば、株式市場といえどもそれらの新たな評価指標を無視した株価評価を続けることはできません。それを無視し続ければ、株式市場が実質経済とは隔絶した単なるポーカーゲームの場になりきってしまうからです。
そして以上のことは、取引差益や手数料の最大化を優先する株式運用者や、会社経営力評価とは無関係に瞬時売買行動をプログラムされた人工知能によって決定される株価を無条件で尊重しなければならない不条理世界から、企業経営者が解放されることも意味します。それは企業経営者が、これまで抑留されていた金融経済の閉鎖的ないわば株主統制経済空間から、実体経済の開放的な社会経済空間に帰還できること、自社の持続的進化を自由存分に追求できる世界に復帰できることを意味します。
成果主義人事評価報酬制度を改編する
成果主義人事報酬制度の最大の問題点は2000年前後の導入初期時の欺瞞性に起因しています。成果主義人事制度は20世紀末から21世紀初頭の5年間前後の期間に、上場企業のほぼすべてに導入されました。その導入理由は、社員の報酬を個人の業績成果に応じて算定することで、透明公平性を実現することでした。そして、個々人の成果に報いる、というものでした。
しかしながら、日本の上場企業のほぼすべてが短期間にこれを導入したのは経営観点からの別の理由がありました。人件費の大幅削減です。この時期に日本社会に受け容れられた株主第一主義にしたがって2004年に連結決算の開示義務が設定されるようになりました。それまでに会社単体のみでも欧米企業の利益率にほど遠かった状態を、これまでむしろコスト受容体としていた連結企業も含めて欧米並利益率を実現する必要に迫られるようになりました。それにより短期間に最も効果的に削減できる人件費に成果変動制を加えて、その実質総人件費原資を5年間前後の短期間に5%以上一挙に縮小しています。
導入時点ばかりでなく現在に至るまで、成果主義は総人件費の調節弁となっています。限られた所与の人件費枠のなかで変動給与総額を抑えるために、成果の目標値を「ストレッチ」させる手法が日常化していると言えます。また、メリハリを明確にするためには、標準を超える報酬を受け取るケースのために標準を下回るケースの存在が不可欠となり、社員やマネジメントに自身の報酬減に対する不安感を常態化させています。
そして、この制度下の成功者、変動給を最大化できる人材には、その成功を継続するための短期業績成果を実現する要領の良さがエスカレートします。その要領の良さは、しかしながら、中長期にわたる研究開発に試行錯誤しながら取り組むといったような、いわば中長期にわたる育成型の成果追求を避けます。そして、現状の所与条件内で収穫成果を最大にすることが最もスマートな生き方となります。
その最も深刻な影響は何か、研究開発部門も含めて、会社組織全体から持続的な進化成長のための開発と育成の意欲と行動が減少し続けることが定常化したのです。
そして最も本質的な成果主義の問題点が会社組織文化の底部に蓄積し続けています。それは会社経営チームが自己評価を高めるために社員の賃金を犠牲にする保身的な行動が、社員にも徐々に感知され始め、社員自身にも浸透し始めたことでした。その結果、本来の会社運営に求められる、組織、会社、社会に対する社員やマネジメントの貢献欲求を、彼らがどれだけ賃金を獲得できるかにこだわる獲得欲求に変質させ続けています。
そもそも成果主義人事制度には、人々の貢献意欲を、獲得欲求を刺激する金銭インセンティブで高めようとする論理のねじれ、原始的な勘違い、があります。成果主義報酬インセンティブに起動される獲得欲求が、会社の生命線ともいうべき、社員とマネジメントの貢献意欲と行動、会社を愛し尊敬する心、を消耗させ続けています。社員の自立意識やプライドが、意識無意識のうちに、損なわれています。
以上から、成果主義人事報酬制度の改変の方向は明らかでしょう。成果主義人事制度は根本的に見直される必要があります。少なくとも2000年前後当時の導入意図、株主評価を得るための人件費削減、を完全に払拭する必要があります。繰り返しになりますが、極端な金銭的報酬の上下で人々の勤労意欲やさらには創造力まで高めようとする考え方が既に矛盾しています。勤労や創造の源泉である他者への貢献意識を高めようとして、逆に自己収益にこだわる獲得意識を高めているからです。
四半期決算を廃止する
成果主義人事評価報酬制度の会社の持続可能性を損なう特性をさらにエスカレートしているのが、四半期決算の存在です。この弊害は、四半期決算のための作業コストなどではありません。会社全体が四半期毎に成果主義評価を計画実施するという、短期業績経営の真骨頂に取り組むことの強制、それが四半期決算の最も深刻な影響です。会社の持続可能性を3ヶ月毎にご破算にしているからです。
したがって、これを簡単な報告作業にすることなどは何らの代替解決策にもなりません。四半期決算という制度のみでなく、その短期業績最大化に対応しようとする経営感覚そのものから払拭する必要があります。
持続進化経営の実現体制を構築する
短期業績経営体制を廃棄して新たに持続進化経営体制を構築するについての詳細な議論を展開する余裕は本稿にはありません。以下からは新たに導入すべき主要な経営戦略項目を簡単に説明します。
(1) 社員の自主研究や副業に対する時間配分容認制度を活用する社内起業やESG、SDGs達成プロジェクト推進を支援する。
副業を許容する企業が増えているようですが、社員に与える会社業務推進以外の自由時間を自社の中長期の研究開発活動時間と位置づけることで、社員の会社の現状業務への拘束感を緩和し、さらに社員が社会全体に視野を広げ視座を高める機会も生まれると考えることができます。また、全社員が15%や20%ではなく、30‐50%の時間を研究開発に投下することができれば、それ自体が「会社が新たな会社を生みだし続ける培養機関」のモデル、会社が持続進化するための必然的な新形態モデル、となります。
(2) 効率最大化を追求する管理能力を経営能力と混同しない。
進化創造を実現する進化能力こそが持続的な進化成長を実現するために必要不可欠な経営能力です。
20世紀を通じて100年近く企業経営の基本とされてきた管理能力は、人材を含めてすべての資本財を無機的な存在として、費用対効果を最大化するメカニズム内で機能させることに成功しています。しかし、人材を文字通り人間としてその創造力の実現に向けて育成するためには、この管理能力は役に立たないどころか、致命的な障害ともなります。
この管理能力に完全に相反する意識と行動で構成される進化能力が持続進化経営の原動力となります。この能力の構成要素や育成方法については、今秋発刊予定の「持続進化経営力構築法」に詳細記述する予定です。なお、2014年の既刊の『持続的進化を実践するマネジメント技術体系 (上)』には、ミドルマネジメント人材を読者想定した詳細記述をしています。
(3) 現状適応型と未来探求型の二つのキャリア区分と選択肢を導入する
創造力は会社の持続的な進化成長には不可欠ですが、このキャリア区分を導入しても、現時点では社員全員が創造力を必要とする未来探求型キャリアを選択することは期待できません。
むしろ、即戦力選抜といった視点で現状ビジネス推進力が期待できる人材を優先的に採用している企業には、未来探求型はほとんど存在しないといってよいでしょう。その事実からも明らかなように、現状運営に卓越した能力を発揮できる人材は、その現状を根本的に進化変革する意欲や行動は、その現状適応の卓越性故に、乏しくなります。
持続的な進化成長を起動するには、企業の採用と昇格に、敢えて現状適応型とともに、これとほぼ相反する特性をもつ未来探求型を評価する指標を導入することが必要不可欠です。
1970年から2000年に掛けて総合商社では、現場ビジネスからは必ずしも重宝されない人材を大量に欧米大学院に留学させました。そして、彼らの半数近くが帰国後数年で転職していきました。原因の一つが、彼らの未来探求型能力を評価する制度や指標が無かったこと、そして、それを発揮する職務も無かったことでした。彼らに対して、現状適応型評価のみを適用され続けていた結果です。
持続進化経営力の構築のためには、未来探求型人材を育成評価する制度の確立が不可欠です。因みに、必ずしも統計的データに基づくものではありませんが、日本の製造業の大規模企業の経営トップが、技術者、研究者、現場製造関係者などのいわば開発育成志向畑から、営業や総務管理関係者の短期業績収穫型へと大きくスイッチしたのも20世紀末から21世紀初頭で、株主第一主義の短期業績経営が日本企業に浸透し始めた時期と重なります。
現状適応型には理不尽で不公平と感じられてしまうでしょうが、現状適応能力の卓越とそれを目指す意識と行動が、その必然的帰結として、会社の持続的な進化成長を抑制します。会社はこの現実を受け容れることが必要でしょう。
それは、会社の進化成長を目指す組織のマネジメント職務には、未来探求型を実証、実践した人材を選抜するということでもあります。これは、現代会社組織内では、心理的にも現実的にも相当に抵抗のある決断でしょう。
しかし、例えば、現状適応型の真骨頂でもある上司への同調能力の高さのみが評価され続ければどうなるか?その常識的な因果関係を直視すれば、未来探求型人材の経営職務昇格が企業の持続的な進化成長に不可欠であることが明らかでしょう。
(4) 機械的作業をAIデジタル化ロボット化する
なお、現状適応型人材がいきなり未来探求型に意識転換することを期待するのも必ずしも現実的ではありません。そこで中間移行段階として、現状の職務プロセスをAI化、デジタル化、ロボット化する業務に先ず取り組むことです。そしてその新たなシステムやAIロボットの保守管理者あるいは運営者としての職務キャリアを造り出すといったことも現実的な対応策でしょう。
(5) 未来探求型人材に機能固定化を要求しない
機能固定化(Domestication)とは個々の人材に特定機能のみを実行する専任職務を与えることです。これは、既存のビジネスモデルやプロセスを効率的に運営するために最も効果的な手段です。しかし、当然の帰結として、これを個々の人材に長期的に要求することで、通常ではマンネリ状態、あるいは進化の停滞が生じます。
特に未来探求型人材にはそのキャリア追求に対する抑圧ともなります。彼らの本職務に関しても、機能固定化とは逆の機会を与えることが必要です。具体的には異なるビジネスモデル、組織、技術、職務・職責、を経験する定期異動です。
ファミリー企業では後継者に会社全体を経験させる職務移動が定石化しているようですが、これを未来探求型人材全員に適用するということです。
創造実現力の増強戦略
未来型会社を実現する意欲と創造力を高める
未来「社会」は未来型「会社」を出現させることなしには実現しません。ただしその未来型の会社は現在の会社とはまったく異なるものでしょう。
たとえば、人間社会の必需品を生産するハードメカニズムあるいはそれを支援する金融を含めたソフトメカニズムである現在の会社イメージに対して、未来の会社の一つのイメージは、社会価値産出のために自己進化成長し続ける有機的な人間集団ネットワークです。
それはもはや会社が労働力を提供して生活の糧を得る「人生の手段」などではありません。個々人が人間社会と自然社会にそれぞれの独自性を活かして貢献することで自己を進化させ続ける組織環境、いわば「人生の目的実現の場」となることでしょう。社員全員が何らかの社会価値創造の当事者であることを自覚し行動するネットワークでもあります。
そこでは、人間の本性である創造力を自然に醸成し発揮することが通常行動として求められます。そのようなことは現代社会ではSF的な妄想と感じられるかもしれません。しかし、それは人間社会が過去100年以上にわたり生産効率の過剰追求に専念したことで、創造力が人間の本性であることを忘れているからです。人間が創造力を発揮することは、人間が人工知能やロボットに対抗して科学的効率性を発揮することに比べれば、極めて自然な行動であることを忘れてしまっているからです。
自己の自主自立意識と社会貢献意欲を装備する
では、その創造力を再生するためにはどうするか?その主要条件は、創造力を高められない理由を繰り返し問い続ければ、常識的に絞り込めます。先ずは自身を大切に成長させ続ける自主自立意識を高めること。そのうえで社会に対する具体的な貢献行動が最高の自己実現である因果関係を納得することです。
総括すれば、他の人々や社会に役立つ楽しみを追いかけ続ける意識と行動です。具体的には、中長期の多様な社会変化を予測する行動(シミュレーション行動)、そしてその変化が組織や自分に求める新たな価値や技術を設計(自己キャリアビジョン設計と中長期経営ビジョン設計)して実現する行動です。
管理型行動に加えて進化型行動を習慣化する
管理能力は、無駄を最小化して生産効率を最大化する科学的合理性を実践する能力です。計画遂行、現状維持の目的特性から明らかなように、新たな価値を創造することはありません。したがって、持続的な進化を実現するためには、この管理能力とは根本的に相反する新たな能力を確立して会社組織内で共有する必要があります。
この進化能力の詳細と共有方法の主要点としては次の二つです。
一つは管理能力を要素分解してそれぞれの要素に相反する意識と行動を進化能力の要素として体系的に組み立てること。
もう一つは、その共有スピードです。一年に一度全社員の1-2%の昇格者に対する外部講師研修などではなく、研修受講者たちが研修講師となる連鎖集中的な共有により1年程度以内で全社共有します。それは、社員が労働力によってではなく創造力によって対価を受け取る人生ゲームへの参加資格養成の場ともなります。
次回は、政府の新たな役割と政策というテーマを展開します。
また、筆者の最新著書は以下より購入することができます。
『持続進化経営力測定法』