
2026年2月16日(日本時間17日)、イタリア・プレダッツォ。ミラノ・コルティナ冬季五輪のノルディックスキー・ジャンプ男子スーパー団体で、日本の小林陵侑と二階堂蓮が、まさかの大雪打ち切りに見舞われた。
暫定2位から一転、最終順位は6位。逆転メダル目前だった一夜に、何が起きていたのか。
暫定2位の歓声、そして静止した時間
1回目、2回目を終えた時点で日本は6位。だが、3回目1人目の二階堂が138・5メートルの大ジャンプを決めると、順位は一気に2位へ浮上した。
踏み切りの瞬間、板は雪面を鋭く切り裂き、空中で美しい放物線を描く。着地も完璧。
掲示板に「2」の数字が灯ると、スタンドがどよめいた。
次は小林。逆転メダルを託された最後の1本だった。
「僕ゲーみたいなシチュエーション」
試合後、そう振り返った小林の胸は、高鳴っていたに違いない。
しかし、その直後だった。雪が急激に強まり、視界が閉ざされる。ゲート調整の協議。中断。そして打ち切り。
時間は、あまりにも唐突に止まった。
「銀だと思った」からの通告
打ち切りが決まった瞬間、日本は暫定2位。小林は当然、3回目の順位が反映されるものと考えた。
「3本目を飛んで中止だから、銀メダルかと」
ところが、リフトで下る途中、関係者から6位と告げられる。2回目までの順位が採用されたという。
「あ、なるほどね」
静かな言葉の裏に、複雑な感情がにじんだ。
「雲の気象レーダーを見れば、5分後に止むことは絶対に分かった。それを知っててもしなかったんだな、と」
雪は実際、約20分後に止んだ。表彰式の頃には、穏やかな空が戻っていた。
だからこそ、悔しさはより深く残る。
FISの説明と残る疑問
国際スキー・スノーボード連盟(FIS)は、「極端な状況だった」と説明。追い風から向かい風への急変、ゲート設定の困難さ、公平性維持の難しさを理由に挙げた。
確かにジャンプは、風速や雪質で数点が簡単に動く競技だ。安全面も最優先される。
一方で、ドイツ勢も「15分待つことはできたはず」と不満を表明。各国から疑問の声が上がった。
自然との闘い。
しかし、それは誰のための判断だったのか。
新種目スーパー団体という“未成熟”
今回のスーパー団体は、4人制団体に代わって五輪初採用された新種目だ。2人1組、計6本で争う。各回で足切りがあり、緊張感が増す一方、途中キャンセル時の順位決定方式が改めて注目された。
ルール上は妥当でも、感情が追いつかない。
それが、この夜の本質だった。
「これがジャンプ」エースの受容
小林は最後にこう締めくくった。
「僕の力じゃどうすることもできない。決まったことは決まったこと」
怒りをのみ込み、現実を受け止める。その姿に、エースの矜持がにじむ。
だが、もし——。
もし、あと5分待っていたら。
もし、最後の1本を飛べていたら。
プレダッツォの夜空に残された“飛べなかった軌跡”は、五輪史の記憶に刻まれるだろう。



