
夜、部屋の灯りを落とすと、手元のスマートフォンだけが静かに光る。
「あなたは本当に特別な人」
「二人の未来を真剣に考えている」
画面の向こうの相手は、まだ一度も会ったことがない。それでも、毎日交わされる言葉は少しずつ距離を縮め、「理解されている」という安心感を積み重ねていく。
その延長線上に、金銭の話が滑り込んできたとき、物語は恋愛から犯罪へと姿を変える。
バレンタインを前に、SNS型ロマンス詐欺が再び警戒されている。
月50億円超の被害 警察庁データが示す異常値
警察庁が公表した資料によると、2025年11月時点(暫定値)でSNS型投資詐欺・SNS型ロマンス詐欺の認知件数は1460件、被害総額は約179億8000万円に達している。前年同月比で件数は約1.9倍、被害額は約2.2倍に増加した。
うちSNS型ロマンス詐欺は486件、被害額は53億9000万円。単月で50億円を超える規模だ。
件数よりも被害額の伸びが大きい点は深刻である。1件当たりの被害が高額化していることを意味する。つまりこれは偶発的な恋愛トラブルではなく、緻密に設計された資金移動型の犯罪である。
米国でもFBIがバレンタイン前後にロマンス詐欺が増加すると警告しており、季節性は国境を越えて確認されている。
ロマンス詐欺の構造 感情は“入口”にすぎない
ロマンス詐欺の本質は、恋愛感情そのものではない。
①接触
②関係構築
③信用形成
④資金移動
この4段階で構成される。
最初は日常の雑談や共通の趣味から始まる。やがて家族観や将来設計の話へ進み、「二人の未来」という物語が共有される。そしてその物語に“資金”が必要だという展開が組み込まれる。
「投資で将来資産を増やそう」
「結婚準備のために一時的な資金が必要」
「海外送金の手数料だけ立て替えてほしい」
ここで登場するキーワードはほぼ共通している。
- 投資
- 暗号資産
- 海外送金
- 手数料・保証金
恋愛の文脈に、金融用語が入り込んだ瞬間、警戒水準は引き上げるべきだ。
なぜ2月が“起点”になるのか 季節性データの相関分析
警察庁の月別推移を見ると、SNS型ロマンス詐欺は2月を境に増加傾向に転じ、その後秋にかけて高水準で推移する傾向がある。
2月は年間最多月ではない。しかし“流れが変わる月”である。
背景には、バレンタインという文化的イベントがある。
・恋愛が前面に出る広告やSNS投稿が増える
・「特別な日」という心理的正当化が働く
・贈り物や将来の話題が自然になる
心理学では、イベントによって感情が高揚する時期は、支出に対する心理的抵抗が低下すると指摘される。バレンタインはその典型だ。
2月に関係性が急速に深まり、3月以降に投資話へ移行、夏から秋にかけて高額被害へ発展する。データは、こうした時間差構造を示唆している。
つまり2月は「被害発生月」というより、「仕込み月」なのである。
真面目な人ほど巻き込まれる理由
被害者像は、単純ではない。
社会的責任を果たしてきた人、仕事に誠実な人ほど、関係性を大切にする傾向がある。
加害者は徹底的に肯定する。
「あなたは努力してきた人だ」
「本当に尊敬している」
「こんなに価値観が合う人は初めてだ」
否定せず、共感し、理想像を投影する。
人は恋に落ちるのではない。「理解された」と感じた瞬間に信頼を預ける。その信頼が、資金移動の土台になる。
被害はどのように拡大するのか
最初から大金を求めることはない。
少額投資で「利益が出たように見せる」。
疑念が薄れた段階で、より大きな金額を促す。
出金しようとすると、「税金」「保証金」「追加手数料」が必要だと言われる。支払えば取り戻せるという錯覚が働き、さらに送金が続く。
この時点で、被害者はお金だけでなく「関係」を守ろうとしている。
防ぐために必要なのは一つ
疑うことではない。確認することだ。
恋愛や親密な会話の流れの中で、具体的な金銭の話が出たら、必ず第三者に相談する。
家族、友人、金融機関、警察相談窓口。
声に出した瞬間、物語は現実の検証にさらされる。
ロマンスは悪ではない
恋愛や人を思う気持ちは本来、温かなものだ。
しかし、感情に値札が付いた瞬間、犯罪が入り込む余地が生まれる。
バレンタインという季節は、心を開きやすい。だからこそ、自分に問いかける必要がある。
その愛は、資金移動を伴っていないか。
2月は始まりの月である。
そして、冷静さを取り戻すための月でもある。



