
氷点下の空気が張りつめるイタリア北部。白銀の斜面を見下ろすミラノ・コルティナで、再び熱視線を集めるアスリートがいる。フリースタイルスキー中国代表のアイリーン・グー(谷愛凌)だ。
注目の理由は、金メダル候補という肩書きだけではない。彼女が背負うのは、競技の期待と同時に、「国籍」という重たいテーマである。
ミラノの雪原に立つ22歳 スターである前に一人の選手
グーは2022年北京冬季五輪で、女子ビッグエアとハーフパイプで金メダルを獲得し、スロープスタイルでも銀メダルに輝いた。一躍、世界的スターとなった彼女は、競技成績だけでなく、モデルや広告塔としても存在感を放つ。米経済誌フォーブスによれば、2022年以降の副収入は8000万ドルを超えるとされ、現役スタンフォード大学生という経歴も含め、その影響力はスポーツの枠を軽々と越えた。
だが、その輝きの裏側で、彼女は常に「どこの国の人間なのか」という問いを投げかけられてきた。
なぜ中国代表を選んだのか 2019年の決断
米国生まれで、父は米国人、母は中国人。グーは2019年、国際スキー連盟に国籍変更を申請し、中国代表へ転身した。本人は「米国にはすでに代表選手がいた」と説明し、五輪出場の可能性を見据えた選択だったと語っている。
しかし、この決断は米国内で大きな反発を招いた。保守系メディアでは「恩知らず」「恥ずべき人物」といった強い言葉が並び、ティーンエージャーだった彼女に批判の矛先が向けられた。
「ひとまとめにされるのは、つらい」 語られた胸中
自身2度目の五輪を前に、米誌『TIME』のインタビューに応じたグーは、複雑な心境を率直に明かしている。
「地政学的な要因が絡み、一般的に多くの人は中国を嫌っている。そうした“悪の塊”のような存在として、私がひとまとめにされるのは正直つらい。それは私のスキーの話ではない」
国と国との対立が激しさを増すなか、個人が国家の象徴のように扱われてしまう。その違和感が、彼女の言葉の端々からにじむ。
英雄から疑念へ 中国国内でも変わった空気
一方、中国国内でも状況は単純ではない。北京五輪後、グーは「大陸の英雄」として称賛を浴びた。しかし、莫大な商業的成功が伝えられるにつれ、「広告で稼ぐ時は中国人、怪我をすれば米国に戻る米国人」といった批判が噴出した。
中国メディアによると、愛国心の真偽を問う声が強まり、かつての熱狂は疑念へと変わりつつあるという。
「米国にいる時は米国人、中国にいる時は中国人」
こうした文脈の中で、グーの発言が再び注目を浴びた。「私は米国にいる時は米国人。中国にいる時は中国人です」。
彼女にとっては、二つの文化を自然に行き来する感覚の表明だったのかもしれない。しかし米中対立が先鋭化する現在、この言葉は双方から「都合が良すぎる」「二股をかけている」と受け取られ、批判を強める結果となった。
それでも、彼女は滑る
それでもグーは、言葉以上に「滑り」で示すことを選ぶ。
「恐怖に怖じ気づき、守りに入ることだけは避けたい」。そう語り、ミラノ・コルティナでは3種目制覇という高い目標を掲げる。 彼女の選択が正しかったのかどうか。その答えを断じるのは容易ではない。ただ一つ確かなのは、国籍論争の只中にあっても、彼女が氷雪の舞台に立ち続けるという事実だ。
冬季五輪という世界最大の舞台で、22歳のスキーヤーは再び問いを突きつける。個人は、どこまで国家を背負うべきなのか。



