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2026年、日本の外国人政策は転換点へ 「曖昧な共生」の限界と管理強化の行方

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「曖昧な共生」の見直しへ
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2026年、日本の外国人政策は大きな転換点を迎える。人手不足を背景に受け入れは継続される一方で、日本語学習や社会規範の理解を求める制度整備、管理体制の強化が進みつつある。これまで「曖昧な共生」に委ねられてきた外国人との関係は、いまやルールの明文化を迫られている。政府方針、自治体の限界、観光制度の見直し、そして海外の事例を通して、日本社会が直面する現実と課題を読み解く。

受け入れ継続と管理強化が同時進行する2026年
2026年は、日本の外国人政策が大きな節目を迎える年となりそうだ。人手不足を背景に外国人労働力の受け入れを続ける一方で、管理と規制を明確に強める動きが、政府・自治体・制度の各層で同時進行している。

「受け入れか排除か」では整理できない現実
外国人政策はしばしば「受け入れか、排除か」という対立で語られる。しかし実態として浮かび上がるのは、日本社会が長年続けてきた“曖昧な共生”が制度として限界を迎えつつある姿である。摩擦の芽を現場任せにしてきた部分を、ルールとして言語化せざるを得なくなっている。

政府方針が示す「秩序ある共生」への転換
政府は近く、外国人・移民政策をめぐる新たな基本方針を示す見通しだ。読売新聞によると、有識者会議の意見書案には、中長期在留外国人と帯同家族を対象に、日本語や社会規範を学ぶ仕組みを創設し、在留資格の条件として位置づける方向性が盛り込まれたという。
高市政権の発足以降、「外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣」の新設をはじめ、技能実習制度の見直しや社会保障の適正化など、外国人政策は断続的に修正されてきた。月内に示される基本方針は、これらを体系化する意味合いを持つ。

 

不安と不公平感が押し出す管理強化
管理強化の背景には、国民側の不安や不公平感の蓄積がある。読売テレビの報道では、医療費未払いの問題や、外国免許切り替え制度をめぐる議論を取り上げ、「外国人材は必要だが、一部のルール逸脱が不安を招いている」と伝えた。
重要なのは、こうした声が必ずしも排外感情だけから生じているわけではない点だ。制度の穴や運用の曖昧さが放置されてきた結果、「守っている側が損をする」という感覚が広がってきたとも言える。管理強化とは、外国人を締め出すための政策というより、日本社会の側がルールを再定義し直す作業に近い。

川口市長選が映す「自治体の限界」
埼玉県川口市では、中国出身者やクルド系住民が多く居住し、共生をめぐる課題がたびたび表面化してきた。2月に予定される市長選も、外国人政策を考える上で象徴的な出来事となる。
ただし、自治体には入国管理の権限がない。摩擦が生じても、現場でできる対応には限界がある。この「責任と権限のねじれ」も、国レベルでの制度整理を求める声を後押ししている。

観光政策にも及ぶ「管理」の視点
管理の強化は、労働や居住だけにとどまらない。訪日外国人向け免税制度についても、不正転売対策として「即時免税」から「リファンド方式」への移行が検討されている。ここにも、受け入れを前提にしつつ、制度の実効性を高めようとする発想が表れている。

 

管理と「義務づけ」が機能している海外の例
管理体制や一定の強制を制度として組み込んだ外国人政策は、海外ではすでに複数の国で実践されている。いずれの国も万能ではなく、運用コストや反発、制度評価の難しさを抱えているが、「受け入れを前提に、義務と支援をセットで設計する」という共通点がある。

国名主な制度の特徴義務の内容制度の狙い
ドイツ統合コースの受講を在留制度と連動語学・社会理解講座の受講社会参加の促進と摩擦の軽減
シンガポール雇用主責任を重視した厳格管理医療保険加入・労務規範の遵守不正就労・制度乱用の抑制
カナダポイント制による移民選別言語能力・職業適性の要件入国前段階での透明な選別

ドイツでは語学や社会規範を学ぶ統合コースの受講が義務づけられ、修了状況が在留資格の更新判断に影響する仕組みが取られている。
シンガポールでは、外国人労働者本人だけでなく雇用主にも厳格な責任を課し、制度違反には罰則を科す設計となっている。
カナダは入国前の段階で言語能力や職業適性を評価するポイント制を導入し、「誰を受け入れるか」を明確にしている。
いずれも排除を目的とするのではなく、受け入れを前提に「守るべきルール」と「参加の条件」を制度として可視化している点が共通している。

 

日本との決定的な違い
日本では、日本語学習は事実上任意で、社会ルール教育は自治体任せとなっている。違反時の線引きも曖昧で、雇用主の責任範囲も統一されていない。
その結果、現場だけが疲弊し、「守っている側が損をする」という構図が生まれてきた。

問われるのは排除か包摂かではない
2026年は、外国人受け入れをやめる年ではない。むしろ、これまで曖昧に成り立ってきた共生の仕組みを、制度として再構築する年になる。
管理強化が摩擦を減らすのか、逆に新たな分断を生むのか。その答えはすぐには出ないだろう。ただ一つ確かなのは、日本社会が「何となく受け入れる」余裕を失い、ルールを言語化せざるを得なくなっているという現実である。
2026年は結果の年ではない。日本社会が、自らの覚悟を試される実験の年となる。

 

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SHOEHORN くつべらマン

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児童養護施設の職員。特に中学~新卒年齢の若者の生活・医療・福祉・自立支援に従事している。勤務時間外では、様々な職業の方へ取材活動を実施しており、大人になる若者たちへ情報を提供している。

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