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暴行動画拡散に「心がもたない」Xに広がる疲弊と過熱 未成年の暴力とDEATHDOL NOTE・特定班が加速させる私刑空間

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未成年によるいじめ・暴行動画がXで相次いで拡散され、社会に強い衝撃と深い疲弊をもたらしている。学校や教育委員会、警察が後追いで対応に乗り出す一方、DEATHDOL NOTEや特定班による実名特定と晒しが過熱し、私刑とも言える状況が常態化しつつある。暴力の可視化と断罪の快楽が交錯するSNS空間はいま、看過できない分岐点に立たされている。

 

実在校名とともに拡散された暴行動画 後手に回る公的対応と不信の連鎖

昨年12月以降、Xでは複数の学校で撮影されたとされるいじめ・暴行動画が拡散してきた。
栃木県立真岡北陵高校、大分市立大東中学校、熊本県矢部中学校など、具体的な学校名が挙げられたことで、事態は瞬く間に全国的な問題へと発展した。

いずれのケースでも、動画がSNS上で炎上した後に、教育委員会が調査を開始し、謝罪を表明している。警察も暴行や傷害の疑いで捜査に乗り出したが、初動対応は後手に回った印象が否めない。

この「拡散後にようやく動く」という構図が、「学校や教育委員会は信用できない」「内部処理では隠蔽される」という不信感を増幅させている。結果として、次の動画が出るたびに「最初から拡散すべきだ」という空気が強まり、炎上と私刑の連鎖を招いている。

 

「もう見られない」広がる精神的疲弊と静かな離脱

暴行動画の氾濫は、見る側の心を確実に蝕んでいる。
X上では「心がもたない」「精神的に限界」「もうXを開けない」といった声が目立つようになった。

問題は、暴行動画が自ら探さなくても目に入る点にある。引用投稿やリポスト、アルゴリズムによるおすすめ表示によって、サムネイルや数秒の映像が突然流れ込む。殴る音、悲鳴、周囲の笑い声が同時に届き、視覚と聴覚の両面から強いストレスを与える。

さらに深刻なのは、こうした映像が連続して表示される構造だ。1本を見た直後に別の暴行動画や過去の類似事案が流れ、「開くたびに誰かが殴られている」「気づけば暴行動画ばかり」という感覚が常態化する。

被害者を思えば目を背けてはいけないという思いと、これ以上見続ければ自分の心が壊れるという恐怖。その板挟みが、多くの利用者を追い詰めている。怒りすら湧かず、ただ疲れるという状態が広がっていること自体が、異常事態を示している。

結果として、声高に抗議する人よりも、何も言わず距離を取る人が増えている。アカウントの休眠、アプリからの離脱、タイムラインを見ない選択。可視化されにくいが、確実な「静かな離脱」が進行している。

 

DEATHDOL NOTEと特定班 暴行動画の次に始まる速すぎる断罪

暴行動画がXで拡散されると、次に起きるのは加害者とされる人物の特定だ。その中心にいるのが、DEATHDOL NOTEに代表される暴露系アカウントや、いわゆる特定班と呼ばれる利用者たちである。

動画の真偽や経緯が十分に検証されないまま、氏名、顔写真、家族構成、住所、通学先とされる情報が短時間で並べられる。相関図や住宅地図、家族の勤務先とされる情報まで投稿される例もあり、そのスピードは警察や学校、報道機関の対応を大きく上回る。

特徴的なのは、告発と制裁がほぼ同時に進行する点だ。本来であれば事実確認が先行すべきところ、暴行動画の拡散と同時に特定作業が始まり、断罪の対象が瞬時に定まる。Xのタイムラインは、暴行の事実関係よりも、誰がやったのかという情報で埋め尽くされていく。

この過程で、特定行為そのものが可視化され、次の特定を呼ぶ。DEATHDOL NOTEや特定班の動きは、検証を省略したまま制裁へと移行する、速すぎる断罪の装置として機能している。

 

「学校が動かないから拡散が必要」私刑支持派の論理と背景

X上では、こうした特定と晒しを肯定する声も根強い。
「学校が動かないから拡散するしかない」「加害者は自業自得」「社会的制裁が抑止力になる」といった主張が繰り返されている。

この背景には、いじめ問題への長年の不信がある。文部科学省の調査では、全国のいじめ認知件数が769000件を超え、過去最多を更新した。SNSを介したいじめの深刻化も指摘され、「既存の仕組みでは止められない」という諦念が広がっている。

その結果、法や制度に代わる「ネット世論」が抑止力になるという発想が支持され、私刑が正義として語られる土壌が形成されている。

 

「被害者の苦しみと私刑は別」専門家が鳴らす警鐘と賛否

こうした空気に対し、弁護士の藤吉修崇氏は「被害者の苦しみと私刑は別問題だ。リンチを正当化してはいけない」と警告している。

藤吉氏の発言には賛否が集まった。「感情と法を分けるべきだ」「二次被害を軽視してはいけない」と支持する声がある一方、「理想論だ」「現実を分かっていない」と反発する声も噴出した。

反対派が指摘するのは、二次被害や冤罪のリスクだ。誤った情報が拡散された場合、無関係な人物や家族の人生を破壊しかねない。一度ネットに出た情報は完全に消せず、傷は長く残る。

 

暴力と断罪が日常化するSNS 社会が直視すべき分岐点

暴行は決して許されない。しかし、制裁を誰が、どの手続きで下すのかという原則が崩れたとき、社会は別の暴力を生む。

いまXで起きているのは、暴力の可視化、断罪の過熱、そして見る側の疲弊と離脱が同時に進行する現象だ。過激な声だけが残る空間は、さらに過激な行動を呼び込む。

「心がもたない」という言葉は、個人の弱さではない。未成年の暴力、DEATHDOL NOTEや特定班による私刑、そして社会全体の疲弊が重なった結果として発せられた、明確な警告である。

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ライター:

千葉県生まれ。青果卸売の現場で働いたのち、フリーライターへ。 野菜や果物のようにみずみずしい旬な話題を届けたいと思っています。 料理と漫画・アニメが大好きです。

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