
2026年の幕開けは、人気YouTube番組「令和の虎」にとって、激震とともに訪れたといえよう。番組の成長期から屋台骨を支え、多くの視聴者を惹きつけてきた井口智明社長と竹之内教博社長が、相次いで引退を表明したのである。この事態は単なるメンバー交代ではない。
番組が長年抱えてきた構造的な課題が表面化したと言っても過言ではないだろう。
井口智明「話すことない」竹之内教博「フライング」…波乱の引退劇
事の発端は、大晦日の竹乃内社長のXの投稿にあった。最後まで騒動を伴う形で去ることになりそうなのが竹之内社長らしいといえばらしいが、自身が来年2月に虎を辞めることを告白。それだけであれば、まだよかったが、同時に、井口氏の正式発表を待たずして、前日の大晦日に自身のSNSで引退情報を漏洩させてしまったのだ。
続く、「え?!井口さんの件、みんな知らなかったんだ…最後にやらかしましたわ」という投稿は、竹之内氏らしいといえばそれまでだが、番組運営側にとっては頭の痛い幕引きとなったことだろう。自身も「令和の虎を引退します」という動画を公開し、波乱万丈の虎人生に終止符を打った。
竹乃内社長に煽られる形となったのか、それとも当初から予定していたのかは定かでないが、年が明けたばかりの1月1日未明。井口社長は自身のYouTubeチャンネル「木曽山人チャンネル」とSNSを通じ、静かに、しかし断固たる決意を持って番組からの卒業を宣言した。その引退理由は「自分の中で志願者に対して喋ることがなくなってしまった」という、あまりにも実直なものだった。
かつて廃墟寸前だった木曽駒冷水公園を番組の力も借りて奇跡的に再生させ、地方創生の要であるシャンプー工場も軌道に乗せた井口氏にとって、虎としての役割は完全に終わったということなのだろう。
元旦の午前中には、埼玉県所沢市の「ミンナカ所沢林店」で自ら煮物を振る舞うなど、最後まで現場主義を貫く姿を見せたものの、その背中からは番組への未練はあまり感じられなかった。
竹之内社長という「清涼剤」の喪失と、井口社長が見せた「変節」
竹之内社長の引退表明を受け、主宰の林尚弘社長は即座に引き留める動画を公開している。それも無理はない。竹之内氏は、間違いなく「令和の虎」をエンターテインメントとして成立させた大功労者だからだ。カツラを取ってリングに上がったり、ガーシーとのトラブルにより一時迷走した時期もあったが、復帰後の彼は、番組にとって一服の清涼剤のような存在となっていた。
周囲の虎たちが、番組を盛り上げようとするあまり過激な発言や、浮ついた態度で無理やり波紋を起こそうとする中、竹之内氏だけは志願者の本質を引き出そうと優しく説き、寄り添う姿勢を崩さなかった。視聴者はそこに安心感を覚え、番組のバランスが保たれていたように思う。
対照的に、井口社長の近年の変化は、番組の変質を映す鏡のようでもあった。初期こそあらゆる産業セクターに精通した知見から、軸のブレない的確なアドバイスで人気を博したが、知名度が十分に浸透した頃から、露骨に嫌なキャラクターの一面を垣間見せたり、志願者を突き放すような態度を取ったりすることが増えていた。「喋ることがなくなった」という言葉は、番組への情熱の枯渇のみならず、彼自身が番組内で演じる役割に素をのぞかせても、もういいやという変化を求めていた証左とも言えるだろう。
予定調和の長寿番組化する令和の虎?失われた緊張感
二人の引退は、現在の「令和の虎」が抱える閉塞感を浮き彫りにしている。今の番組には、かつてのような新鮮味も、何が起こるかわからない狂気的なワクワク感はあまり感じられない。なんとなく決まった様式美の中で進行し、視聴者もそれを「なんとなく眺める」だけのコンテンツになり下がってしまっている。
このままでは、往年の「アタック25」や「笑点」、あるいは晩年の「笑っていいとも!」のように、お茶の間の時計代わりとして安心して見られるだけの、言葉を選ばず言えば、毒にも薬にもならない長寿番組になってしまうのではないかという懸念が拭えない。もちろん、それはそれで金融機関からの投融資がされにくい経営志望者たちのセーフティ―ネットとして社会的意義はある偉大な番組として成立するのだろうが。
ファンとしては昔の何が起こるかわからない緊張感が欲しいところである。
林尚弘主宰への「過剰な配慮」が虎を殺す?岩井時代との違い
かつて「マネーの虎」には、主宰である吉田栄作氏の存在感とは別に、初代の岩井良明社長ら虎たちの間に、制御不能な緊張感が漂っていた。岩井氏には志願者への深い愛があったが、同時にどこで感情を爆発させるかわからない危うさがあった。虎たちは主宰に敬意を払いながらも、決して萎縮していたわけではない。
しかし、現在の「令和の虎」はどうだろうか。林主宰や桑田社長に対して虎たちが過剰なまでに配慮し、顔色を窺っているように見える。林氏自身、番組の外側では激高するなどの一面を見せることはあるが、それがかえって番組上で虎たちを萎縮させ、「主宰を怒らせないための振る舞い」を強要する結果となっているようにも思える。
その配慮が、新風を吹かすはずだった新社長たちの不発を招き、社長たち総じての没個性化を醸成し、予定調和な「なれ合い」を生んでしまっているのではないだろうか。
脱・予定調和へ「制御不能な怪物」を呼べ
一ファンとして言わせてもらえば、この一年を見るに、林尚弘という男は、主宰の椅子に座るよりも、一番端の席で時には厳しく、時には優しさで志願者を支援する「虎」としての方が輝く人間ではないか。今の閉塞感を打破するためには、例えばトモハッピー氏のような、また違ったベクトルを持つ人物を主宰に据えるような荒療治の方が、失われたワクワク感を取り戻せるかもしれない。
あるいは、林氏が続けるのであれば、2025年に番組を去った「ドットコン」の小澤社長のように、アクの強い本物の「おっさん」を新虎としてたくさん入れることにかけてほしいとも感じる。地方の中堅・中小企業には、そうした強烈な個性を持つ社長がまだ数多くいる(表舞台に出てくるかはわからないが)。これは林氏や桑田氏が御せるような若手たちではなく、かつてのマネーの虎にいたようなおっさん社長たちが理想だ。新興の「リアルバリュー」などがヒリヒリするようなリアリティを追求している今、多くのファンが求めているのは安心感ではないように感じる。
誰も御することのできない強烈な個性がぶつかり合い、予定調和を粉々に破壊するような緊張感だ。
2026年、令和の虎は「なれ合い」の殻を破り、再びあの頃の熱狂を取り戻すことができるのか。「令和の虎」は今、単なる長寿番組として緩やかに死を迎えるか、再生するか、その岐路に立たされているのではないか。



