
東京・神谷町の「名代富士そば」で掲示された「ランチタイムの来店をご遠慮ください」という貼り紙の写真が、Xで拡散し論争を呼んでいる。急増する外国人観光客のマナー問題が指摘される中、飲食店が抱える現場の疲弊と、都市の“善意インフラ”が試される現実が浮かび上がる。
貼り紙が示した“静かな悲鳴” SNSで4万超の反応
関東を中心に展開する「名代富士そば」で掲示された注意喚起の貼り紙が、2025年11月20日にXへ投稿され、瞬く間に広がった。投稿者は、オフィス街の店舗でこの文言を掲示する大胆さを指摘し、反響は4万件を超える「いいね」に達した。まとめサイトのtogetterでも取り上げられ、議論は一気に拡散した。
貼り紙の冒頭には「Notice」と黄色帯で強調された英語表記。
その下に日本語で、「旅行者の方は、ランチタイムの来店をご遠慮ください。当店は、この近辺で働く人たち・学ぶ人たちを優先します」と明記され、英語・中国語・韓国語でも同内容が並ぶ。明らかに外国人旅行者を意識した構成だった。
連日報じられる“オーバーツーリズム”の風景を背景に、この貼り紙を「よく言った」と受け止める声は多かった。
「巨大なスーツケースで通路がふさがる」「注文に時間がかかり、食べるまでが遅い」
そうした不満を店側へ代弁させたように感じた人も少なくない。
「素晴らしい対応」「地元客優先は当然」と一定の支持が寄せられた一方、「排他的に感じる」「昼食時間外に来て、と書いた方が柔らかい」などの反論も散見された。
神谷町店が単独で判断 “優先すべき客”を巡る現場の葛藤
貼り紙を出した店舗はどこなのか。運営会社ダイタングループの子会社「ダイタンミール」の責任者は21日、J-CASTニュースに対し、東京都港区の神谷町店が独自の判断で掲示していたと説明した。
「8月14日に『外国の人も来ていて利用しにくい』というお客様からの意見があり、その後から店の判断で掲示したようです。ランチ帯の混雑は特に深刻だったと聞いています」
会社側は貼り紙を「お客様に失礼」と判断し、撤去を指示。神谷町店は21日中に掲示を外した。
責任者は、現場への配慮の欠如を率直に認めつつ、次のように語った。
「スーツケースを持って来店される方もおられますが、それ自体が悪いとは考えていません。多様な意見の中で、私どもの管理が行き届かなかった。お客様に対してする行為ではなかったと反省しています」
いわば、貼り紙の背景には、観光客を排除する意図よりも、短時間で食事を済ませたいビジネス客が優先されるべきという現場の実情があった。
インバウンド急増と飲食店の困惑 “滞留時間の長さ”が最大の課題
近年、東京では観光客向けに高価格帯の商品を展開する富士そば店舗も登場している。
秋葉原店では2000円を超える商品が販売されるなど、客層に合わせた差別化が図られている。
しかし、神谷町店のようにオフィス街の店舗では、ランチ帯の回転率が生命線だ。そこへ、巨大なスーツケースを押しながら券売機前で迷う観光客が集団で訪れれば、動線は詰まり、店内の回転は鈍る。
SNSには、実際の利用者から切実な声も寄せられた。
「外回り中に浅草の富士そばに寄ったが、観光客が券売機で長々と喋り、足元にはキャリーバッグだらけ。急いでいる時には邪魔としか言いようがない」
「観光客を悪く言うつもりはないが、仕事の隙間で食事したい人にとっては耐えられない状況がある」
昼食に費やせる時間が限られる人々にとって、店内の“滞留時間の長さ”は無視できないストレスだ。インバウンド消費が日本経済を支える一方で、都市生活者の利便性が損なわれるという矛盾が深まりつつある。
求められるのは対立ではなく“共生”の仕組み
今回の貼り紙をめぐる議論は、外国人観光客への不満が顕在化しつつあることを示したと言える。しかし、同時に、店舗側も観光客側も悪意なく衝突している現実がある。
マナー違反が報じられる一方で、多くの観光客は決して問題行動を目的としているわけではない。言語の壁、文化の違い、券売機の仕組みの理解不足など、日本の飲食店特有のハードルが混雑を生む側面もある。
店舗が客層に応じた導線設計を行うこと。
自治体が観光地の混雑緩和策を整備すること。
訪日客に対する情報発信の精度を上げること。
都市が“善意”だけに依存してきたインフラを、制度として整え直す段階に来ているのかもしれない。
神谷町店の貼り紙騒動は、その転換点を象徴する小さな事件である。



