
1999年、名古屋市西区の住宅街で起きた主婦殺害事件が、26年の時を経てようやく大きく動いた。愛知県警は2025年10月31日、名古屋市港区に住むアルバイトの安福久美子容疑者(69)を殺人の疑いで逮捕。当時現場で採取されたDNAが容疑者と一致したことが決め手となった。
被害者の高羽奈美子さん(当時32歳)は、自宅で何者かに首を刺され死亡。現場には当時2歳の長男がいたが、けがはなかった。長い年月、遺族と警察が信じ続けてきた「いつか真実が届く」という願いが、ようやく形を結んだ。
■事件の記憶――幼い命を残して奪われた日常
1999年11月13日、土曜の午後。秋晴れの空の下、平穏な生活が一瞬で崩れ去った。
名古屋市西区稲生町のアパートで、主婦・高羽奈美子さんは何者かに襲われ、首を刺されて倒れていた。帰宅した夫が発見した時には、すでに息を引き取っていた。
奈美子さんは結婚4年目。2歳の長男の母であり、近所では明るく礼儀正しい女性として知られていた。子どもの声が響くその部屋で、突如として命が絶たれた。犯行の残忍さ、動機の不明さに、地域住民の恐怖と悲しみは深まった。
警察は延べ数万人を動員し、聞き込みや鑑識を重ねた。現場には犯人の血痕と足跡、そしてDNAが残されていた。しかし当時の技術では、個人の特定には至らなかった。手がかりはあっても、つかめない。年月は流れ、やがて事件は「未解決」の象徴と化していった。
■「現場を風化させない」――夫の26年間の誓い
妻を失った夫・高羽悟さん(68)は、事件直後から決して現場を手放さなかった。
玄関には今も、犯人の血痕と足跡が残る。その場所を保存し続けるために、26年間家賃を払い続けた。累計で2千万円を超える出費になるという。それでも悟さんは言う。
「ここを閉じてしまったら、事件が本当に終わってしまう気がする」
彼にとって現場は、悲しみの象徴であると同時に、妻が確かに生きていた証でもあった。
警察から逮捕の知らせを受けた悟さんは、「捜査をしっかりしていただき、感謝しています。まだ実感がわきません」と言葉を絞り出した。
26年という時間を支えたのは、ただひとつ――「真実は必ず明らかになる」という信念。その静かな祈りが、ようやく報われた。
■記憶なき息子の想い――“空白の26年”と向き合って
事件当時、長男の航平さんは2歳。母の記憶を持たないまま成長した。
彼の中で「母」という存在は、写真の中で微笑む女性の姿と、周囲から聞くエピソードによって形づくられたものだった。
「母を知らないという事実が、一番苦しい」と彼は語る。幼い自分を残して命を奪われた母への思いは、悲しみよりも“空白”として胸に残り続けていた。
今回の逮捕を受け、航平さんは「父が信じて待ち続けた時間が報われた気がする」と話したという。
記憶がないからこそ、彼は“母の存在の証明”を探し続けてきた。事件が動いたことで、ようやくその手がかりを得たとも言える。
空白の26年が、少しずつ埋まり始めている。
■DNAが導いた真実――科学が照らした26年の闇
この事件では、犯人の血液が現場から検出されていたものの、当時のDNA鑑定技術では個人を特定できなかった。警察は証拠を大切に保管し、技術の進歩を待ちながら再検証を続けていた。
そして近年、微量のDNAでも個人を高精度で特定できるようになったことで、運命が動く。
改めて行われた鑑定で、安福久美子容疑者の遺伝子型と一致。
容疑者は自ら警察署に出頭し、容疑を認めたとされる。
26年前の小さな痕跡が、ついに声を上げた。
科学の力が闇を切り裂き、正義を取り戻した。その背後には、証拠を信じて守り続けた捜査員たちの粘りと、科学の進歩を支えた技術者たちの努力がある。
「時間が経っても真実は消えない」――それを証明する逮捕だった。
■SNSに広がる共感と祈り――「誰かの信念が報われた」
逮捕の報が流れると、SNS上では瞬く間に話題となった。
「26年かかったけど、ついに」「ご主人の思いが報われた」「科学が人の祈りに追いついた」――。
中でも注目を集めたのは、夫が26年間も現場を借り続けてきたという事実だった。
「ここまで守り続けたのは、愛の力」「この事件は“待つ”ことの尊さを教えてくれる」といった投稿が相次ぎ、世代を超えて共感が広がった。
一方で、「なぜ今になって出頭したのか」「被害者とどう関係していたのか」といった冷静な声もある。事件の全容解明はこれからだ。
それでも、この夜、SNSの多くの言葉はひとつの思いで結ばれていた。
「誰かの祈りが届いた」。
それは、26年間待ち続けた家族だけでなく、この事件を心に留めていた多くの市民の声でもあった。
■“祈りが届いた日”としての10月31日
26年の沈黙を経て、真実がようやく姿を現した。
夫の信念、息子の空白、警察の執念。三つの思いが重なったこの逮捕は、終わりではなく、再出発の始まりである。
これから、動機の解明、裁判、そして遺族の心の整理という新たな時間が始まる。だが、確かな一歩が刻まれた。
「待ち続けた思いが報われた瞬間だった」
この言葉が、事件を知るすべての人の胸に響く。
祈りは届き、時間は再び動き出した。
正義は遅れても、必ず届く。
それが、この26年が教えてくれた静かな真実である。



