
「転倒を個人の不注意とせず、床の構造で解決する」という独創的なアプローチが、医療現場の景色を変えようとしている。自動車工学の知見を転用したマジックシールズの挑戦は、単なる安全対策を超えた社会実装の好例だ。
東京都「キングサーモンプロジェクト」採択。多摩総合医療センターで始まる実証実験の全貌
東京都が主導する、グローバル進出を目指すスタートアップ支援施策「キングサーモンプロジェクト」。その第6期において、株式会社Magic Shields(マジックシールズ)の「ころやわマットセンサー」が採択された。
今回のプロジェクトでは、東京都立多摩総合医療センターの病室に、衝撃吸収機能と離床センサーを統合した次世代マットを設置する。特筆すべきは、単なる事故防止に留まらず、センサーによる滞在時間の識別やナースコール連携といったデジタルデータの活用だ。これにより、患者の安全確保と、深刻化する看護師の業務負担軽減という二局の課題解決を目指す。
「硬さと柔らかさ」の共存。シェア79%を誇る『ころやわ』が従来の緩衝マットと一線を画す理由
市場に存在する多くの介護用マットは、「柔らかすぎて歩行が不安定になる」か「硬すぎて衝撃を吸収しきれない」という二律背反の課題を抱えていた。この難問を、マジックシールズは自動車工学と医学を融合させた「メカニカル・メタマテリアル」という独自構造で突破した。
『ころやわ®』の最大の特徴は、「転倒時の衝撃が加わった瞬間にだけ、構造が変形して柔らかくなる」という可変剛性にある。通常の歩行や車いすの移動時には、フローリングと遜色ない安定性を保ち、厚さわずか1.2cmという設計で躓きも防ぐ。一方で、転倒時には衝撃を約半分に抑え、骨粗鬆症患者の大腿骨骨折の目安とされる荷重を下回る性能を発揮する。2025年上半期の病院向けシェア79%という数字は、この「歩きやすさと安全性の両立」が現場から切望されていた何よりの証左といえよう。
「攻めの安全」を掲げる哲学。身体拘束から解放し、人間の尊厳を守るインフラへ
同社の取り組みの根底にあるのは、「すべての人が怪我を恐れず、自分の意思で自由に動ける社会」への渇望である。従来の医療・介護現場では、転倒事故へのリスク回避として、離床を制限するような消極的な安全管理が行われるケースもあった。
しかし、代表取締役CEOの下村明司氏が目指すのは、テクノロジーによって「転んでも大丈夫」という環境を構築し、高齢者のQOL(生活の質)を維持する「攻めの安全」だ。転倒を個人の注意力の問題とするのではなく、環境(床)の問題として再定義する。このコペルニクス的転回こそが、同社のサステナビリティの本質である。
マジックシールズの挑戦から学ぶ、社会課題を「市場」に変える思考法
マジックシールズの飛躍は、既存技術の転用と社会課題の深い洞察がいかに強力な競争力を生むかを教えてくれる。自動車工学という日本の強みを、超高齢社会の最大の痛みである「骨折・寝たきり」の防止へとスライドさせた。
また、本事業は患者の健康を守るだけでなく、転倒事故に伴うスタッフの精神的・肉体的負担を軽減し、ひいては増大し続ける社会保障費の抑制にも直結する。単なる「ものづくり」を超え、三方よしの「仕組み」を構築した点に、現代のスタートアップが目指すべきロールモデルがある。東京都という公的な舞台を得たことで、この「魔法の床」が都市の標準インフラとなる日は、そう遠くないはずだ。



